長年の想いが叶ってようやく付き合い始めて一年が経とうとしている。
「不安だ」
ぼそりと出た言葉がさらに不安を煽る。直接会うよりかテレビで見る方が多い。テレビに映るあの人は本当に僕のものなのか分からないくらい綺麗で自由で羨ましい。憧れが恋だと気づいて、10年経ってようやくここまで辿り着いた。去年のあの日、グラウンドでそっと触れた唇の感触が今でも思い出してしまう。切った髪は伸びて、切る前の髪の長さまで戻っている。本当のことだったのかと今でさえも想ってしまう。
宮坂はそっと部屋の壁に貼ってある二人が並んで笑う写真に触れる。これだけは信じられる。会いたいと思ってもあの人は忙しい。我儘をいったらまた離れていってしまうのかもしれない。
ブーブーと携帯電話のバイブレーションが部屋に鳴り響く。宮坂が携帯電話を手に取り確認すると、あの人からだ。
「今日夜、ちょっと会えないか」
短い用件だけ伝えるそのメールはいかにもあの人らしくて変わらないんだと安心する。宮坂は、『いいですよ』とこっちも短く返信した。
あの人が自分から会えないかと聞いてくるのはあまりない。一回そんなメールがきてすぐに行くと、試合でミスしてそれにへこんで周りを巻き込んで酒を飲みすぎた時だ。頼ってくれたのが嬉しかったのを覚えている。
「今日もそんな感じかな」
ふわっとした期待を頭をふって考えないようにする。今日が何の日だろうがあの人には関係ないのだ。僕だけただ今日会えるだけで嬉しいと喜んでいればいい。
テレビを消して宮坂は出かける準備を始めた。
待ち合わせ場所の公園のベンチに風丸は座っていた。宮坂の姿を絶対見えているはずなのに動こうとしない風丸にどうしたものかと、とりあえず隣に座った。隣に座ってそっと風丸の横顔を見つめる。
どこか遠くを見ているようで何か考え事をしているようだった。
僕に気づかないなんて何を考えているんだろう。
宮坂はあらぬことを考えて地面を蹴った。隣に風丸がいても安心できないのは自分の想いが深いせいだ。せっかく付き合うことになっても不安になることがあるなんて思わなかった。
と、宮坂の手に風丸の手が上に重なった。宮坂が驚いて風丸をみると少し照れくさそうに顔をかいていた。
「ごめん、気づかなかった」
「ほんとですよ、で、どうして呼び出したんですか?今日は試合勝ちましたし、風丸さんの活躍すごかったなと思ったんですが…」
宮坂がきくと風丸がはあとため息をつく。手のつなぎ方が重ねているだけではなく指を絡めてくる。
「お前、オレの試合ちゃんと見てるんだな」
「そりゃあもちろんですよ!好きな人のカッコいいところみたいじゃないですか。特に走る姿が見られるんです。僕がセンパイを好きになった理由ですし」
宮坂は怒ったように言った。陸上よりサッカーを選んだことをとがめることはもうやめた。サッカーをする風丸の姿に夢中になる自分がいたからだ。走る姿に憧れ、サッカーで仲間たちと共に勝利を目指し走る姿に心を奪われ、今の自分がいる。きっとこれからも走っていってもらえたらずっと好きなままなのだろう。
「……簡単にそんなことを言ってしまう宮坂が羨ましいよ」
そう言って、宮坂の肩を引き寄せた。風丸はギュッと唇に力を入れて、宮坂の唇に触れる。風丸はあまりキスが上手くないと付き合ってから知った。その事実が今までの交際関係を物語るようでキスされるたびに嬉しかった。
ゆっくりと離れると自分より赤くなっている風丸がいる。
「外でするなんて、らしくないですね」
「我慢できなかった。その、あ、あんまりに可愛くて……」
宮坂は思わず風丸に抱きついた。風丸は突然のことで少し後ろにのけ反ったが、片手で体を支えてそのまま転げ落ちることを回避した。
「危ないだろ!」
「うれしくてつい」
「可愛いって言われたことにか?」
風丸が聞くと、宮坂はムッと頬を膨らませて首を横に振った。
「僕、男なんで、一応かわいいとか言われても別に喜びませんよ!それよりも……風丸さんがキスしたくなるくらい僕を好きだなと想ってくれたからです」
風丸の後ろに回した手に力が入る。小さなことでもつい舞い上がってしまう自分がいる。不安が常に後ろにいる。いつか捨てられてしまうのではないか。愛想をつかしてどこか遠くにいってしまうのではないか。だからキスされただけで嬉しくて実感する。
「まだ、僕夢を見ている気分なんです。風丸さんの体温がこんなにも感じられること、肌に触れられること、傍にいてくれること……」
「不安なのか」
宮坂は黙った。遠くで車が通る音が聞こえた。街中なのに静かな夜がそこにある。今掴んでいる温もりだけが真実だ。そう感じた。
「好きだよ、了」
ドクンと大きく公園中に鳴り響いたと思った。静寂が終わりを告げた。宮坂がそっと風丸の顔を見上げると、口を塞がれた。甘い気持ちが体いっぱいに広がっていく。さっきより長く、今まで以上に濃厚な味が宮坂を包んでいく。名前で呼ばれたことも衝撃だったが、それを忘れそうなくらい風丸が宮坂を求めてくるのが分かった。途中息が苦しくなって、背中をトントンと叩くと、ようやく唇を離してくれた。
「んっ、はぁはぁ……か、風丸さん」
「悪い、我慢がきかない。場所を変えよう」
宮坂が返事をする前に風丸は宮坂の手を引いた。風丸は公園のトイレに入って宮坂の首にキスを落とす。
「風丸さ、んっ、どうしたんですか?急に……」
「だって宮坂、こういうことされたかったんだろ?マッハから聞いた。あいつになんでもかんでも離すなよ……恥ずかしい」
そんなこと言ったっけと思い返すが、覚えがない。察したのか風丸が頬を赤らめて言う。
「自分の方が好きすぎて不安だとこぼしていたそうじゃないか。お前な、自分ばっか好きだと思っているが、オレの方がお前よりお前のこと好きだと思うぞ」
「そ、そんなわけないじゃないですか!!僕の方が好きです!だから……だから怖いんです。もっと欲しがってしまうんです。風丸さんに愛されたいって!でもそんなこといったらきっと引かれて嫌われるんじゃないかと思っ……んんっ」
唇を塞いで、いやらしく尻を撫でてくる。ゾクゾクとした身体の感覚が駆け巡った。
「オレだって不安だったさ、付き合ってからとても大人しい宮坂が。もっとガツガツ来るかと思っていたのに。そのせいでオレも手を出してよいかちょっと足踏みした。そこは悪かった。だから今日でお互い我慢は終わりにしよう。だって今日は付き合って1年なんだもんな」
風丸さんの手がゆっくりと踏み入れてくる。できればこんな時は場所を選んでほしかったと思いつつも、止めることなど出来るはずなかった。
夜は更けていく。
20160308
風宮の日に支部にあげたのでこの日で
prev next