泣き虫の今【蘭マサ】



「おねえちゃん……!」
虎の絵柄が描かれたTシャツを着た小さな男の子が霧野の手を掴んだ。ちょうど霧野と狩屋の間を割る様にして手を掴んだのである。掴んでいなかったばっかりに、繋ぎたかった手を先に取られたのだ……などと一瞬ぐらりとナレーションが入り、驚くのにワンテンポ遅れた。
「おにいさんでしょ?」
霧野は振り返り、幼稚園児くらいの手を掴んできた子と同じ目線になる。顔は笑っているが、明らかに怒っている。霧野の顔と声を聞いて、男の子は手を離してどんどん表情を曇らせていく。泣く寸前だ。狩屋は慌てて、自分の方へ向かせた。
「ど、どうしたのかな!迷子かな!あのお兄さん、ちょっと紛らわしいよな!驚かせてごめんな!」
ニコニコと得意の作り笑いをする。小さい子が泣くと面倒だ。日頃から実感しているためか、つい泣かせまいと必死になる。
「狩屋、紛らわしいとは、」
「ちょっとセンパイは黙っててください!顔笑ってても声音は怒ってますよそれ!」
狩屋が霧野を睨みつけると、ウッっと声を出して素直に黙った。
「おねえちゃん、おねえちゃんとね、はぐれたの」
男の子は鼻声になりながらも泣かずにいてくれた。作り笑いも役に立つ特技だなと思う。狩屋はそうなんだと男の子の頭を撫でた。
広いデパートだし、興味が惹かれるものがたくさんあったのだろう。オレもテンションが上がって、霧野に見透かされたほどだ。
「おねえちゃんは、あのツインテールのおにいさんと似ているの?」
「うん……でもおねえちゃんはもっと優しい」
男の子はそういうと狩屋の手をぎゅっと握った。人は第一印象が重要だ。霧野の第一印象は最悪だった。
「狩屋、とりあえず迷子センターにでも連れていくか?」
「そうですね、で、迷子センターはどっちですか?」
あっちだと狩屋の手を引いた。男の子も狩屋の手を離さず一緒に歩き出す。
「霧野センパイ……?」
「なんでもない、いいだろ、お前まで迷子になったら困るし」
「な!―――なりませんよ……」
恥ずかしくて下を向いた。男の子は不思議そうに狩屋を見ている。男の子は何故か嬉しそうに笑っていた。

迷子センターに行くと、ツインテールの(今度はれっきとした)女の子がいた。途端に男の子が狩屋の手を離して、おねえちゃんの元へと走っていく。おねえちゃんはオレたちにお辞儀をした。オレたちは軽く会釈をして、その場から去った。

「よかったな、すぐに解決して」
「そうですね、霧野センパイをおねーちゃんと呼んだのは面白かったですけど」
「おまえなー」
適当に入ったカフェで遅めの昼食をとった。もうおやつの時間になる頃だからか、あまり混んでおらず、すぐに注文したカルボラーナがやってきた。霧野センパイは和風パスタだ。
「しかも、大人げなく怒るんだから慌てましたよーいやー困った困った」
ニタニタと笑いながら狩屋が話す。霧野はムッとした顔をすると、ナイフでくるくると大きく巻いた麺を狩屋に向ける。
「そのおかげでずっと繋ぎたかった手を繋げてよかったじゃないか」
霧野は狩屋に向けたフォークを自分の口元へと運んだ。食べていたカルボラーナのソースが口元から落ちた。
「い、いつから気付いて……」
「最初からだ」
「じゃ、じゃあどうして手を繋いでくれなかったんですか」
「お前から繋いでもらうのも悪くないかなと思ったから。だけど、待つのがじれったかった。そしたら先に知らない子どもと手を繋ぐから」
食べていた手を止めて動揺する狩屋に対して、霧野はモグモグと食べていく。平然とした顔してそういうから、実にセンパイらしい……。
ピンポーンと霧野は呼び出しボタンを押した。店員がやってくる。
「食後のデザート、持ってきてください」
「かしこまりました」
「えっあのセンパイ、食後のデザート頼んでませんよね?頼んだのはオレ……」
「狩屋が食べるのが遅いのが悪い」
暴君か!狩屋は慌てて止めていた手を動かす。霧野はクスッと笑った。必死で食べている狩屋になおも霧野は話しかける。
「そいや、なんであんなに優しかったんだ?いくら自分の暮らしているところで慣れていても、随分親身だった様な」
「ああ、オレも両親が居た頃に迷子になって、泣いて周りを困らせたことがあって、ちょっとあの頃を思い出したんです。あの頃は泣いていれば誰かが……両親が助けてくれると思っていたから」
食べながら話すのは出来ないのでごくんと飲み込んで一気に喋ってまた食べ出す。すると、狩屋が頼んでいたイチゴのパフェが運ばれてきた。必死で食べている人とそれをみている人がいれば当然のように食べ終わっている霧野の方に置かれる。
「そうか……」
霧野は一番上にのっているイチゴをフォークで突き刺した。本当に食べる気かよと突っ込もうとしたら、イチゴを突き刺したフォークを狩屋の口の前に向けた。
ゴクンと食べていたパスタを飲み込んで、口を開けてイチゴにかじりついた。
「どうだ、おいしいか」
カルボラーナで支配された口の中にいきなりのイチゴが投入されたのだ。
「あんまり……」
「はは、だろうな!」
霧野は声に出して笑った。そして言った。
「今はお前が泣いたらオレが助けてやる。だから安心して泣くといいぞ」
狩屋はゲホゲホとむせた。




20150906




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