境界線【蘭拓】



踏切の音がする。
ここには踏み切りなんてない。不思議だなと思いつつ、神童が隣で手を繋いでくる。霧野が驚いて神童をみると照れ臭そうにしつつ、さらに腕を絡ませてくる。
「神童どうした?」
「い、嫌だったか……ここあんまり人通り少ないからいいかと……」
霧野から視線をそらして神童はごもごもと言った。何事も真面目で自信を持って堂々としている神童が弱気にみえる。
ああ、愛おしい。
霧野は絡めてきた手を恋人繋ぎに握り直す。オレ達こんな関係だったっけ。けれど嬉しくて仕方ない。にやけが止まらなくて繋いでない方の手で口元と隠す。
「いや、嬉しい。神童からこんなことをするなんて思わなかった」
「オレもだ。こんなことしたいと思うことはなかったよ」
二人でクスクスと笑いだす。夕方の雲がオレンジから真っ赤に染まっていき、夜が近くなっていくのを感じる。
「このままずっと続けばいいな」
霧野が呟くと、神童がそうだなとはにかんだ笑顔を見せる。神童のこの笑顔を守っていけるのならいつまでも隣にいて支えていたい。そう思うのにどうしてか胸はざわついている。ピアノの音がポーンと鳴る。驚いて霧野は神童の手を離した。音の鳴る方をみると、おぼつかない音が一つ二つと繋がり、知っている曲だと分かった。しかし曲名が思い出せない。
「神童、この曲なんだっけ」
「え、いや……分からないな」
霧野よりもはるかに詳しい神童が分からないとは。霧野が眉をひそめると、神童は申し訳なさそうに悩みだす。
「ごめんな」
神童がギブアップして謝ったので、あわてて首を横に振る。
「いやオレも思い出せなかったし、ただ音楽に詳しいお前が知らないのがめずらしいなと。具合でも悪いのか?」
「特には……なあ霧野、もう一度手を繋いでもいいか」
神童は霧野の返事を待たずに手に触れる。霧野は再び手を繋ぐ。踏切の音が先程までより鮮明に聞こえる。道の先には遮断機が落とされ電車が通り過ぎていく光景が目に映った。
ガタンガタンと鳴らして目の前を通り過ぎていく電車に胸が痛くなる。どうしてこんなにも怖くなる。なにが怖くさせているのだ。
神童と霧野は遮断機が上がるのを待っている。その間ずっと無言だった。手を握っているのに一人でいる気分だ。電車が過ぎ去る手前で神童が口を開く。
「――――」
「え、なに神童きこえない」
電車が通り過ぎ去り、遮断機が上がる。するといつの間にか狩屋が線路の向こう側にいた。
「狩屋、お前いつの間に」
そちらに渡ろうとすると、神童が足を動かさそうとせず手を引っ張られる。びっくりして神童の顔を振り返る前に狩屋がいった。
「センパイはそれでいいんですか」
「え?」
「それでいいんですか!!」
カンカンカンと鳴り響き、再び遮断機が下りていく。狩屋は睨んだままこちらをみている。神童は俯いたまま、動こうとはせず手も離してくれない。ふと先程から神童の様子がおかしいことを思い出した。
きっとそういうことだな、狩屋。

「……いけないよな。いつまでもこのままなんて」
霧野は神童の手を離し、遮断機の下をくぐる。強くなっていく警告音と夕日に照らされて赤く染まっていく線路。不思議と心が落ち着く。
「正直せめて夢であってほしかったよ」
お前の結婚話なんて。
向かってくる電車のブレーキ音を最後にそっと目を閉じた。




***
目が覚めると白い天井が映った。ここはどこだろうと顔を横に向けると神童がとても驚いてそれからゆっくりと涙を落して良かったと霧野の手を握った。
「神童、オレ……」
「……霧野が階段から落っこちて目が覚めないって狩屋から連絡貰った時は心臓が止まるかと思ったぞ!なかなか目覚めないからオレ、どうしようかと」
神童は涙目になりながら息を吐く。とてもしんどそうな顔をしている。霧野は手を伸ばして、その顔に触れる。
「ごめん、あー思い出した。狩屋と飲んでいて飲みすぎて千鳥足になって駅の階段から落ちたんだな」
「忘れていたのか」
「懐かしい夢をみていたもんで。オレとお前が14歳でただ帰り道を歩いていく夢だったと思う」
頭の奥がズキズキと痛む。誰かなにか最後に言われた。心にずしりとのしかかったのは覚えているのになんだったろうか。神童が心配そうに「まだ寝ているといい」と言った。
「でも本当に良かった。なんともなくて。オレ、霧野がいなくなったら生きていけないぞ」
手をきつく握る。痛みを覚えるくらいに。夢じゃないんだと安堵して落胆する。
「そんなわけないだろ、お前結婚するんだから。狩屋からきいたぞ。オレに先に言えよな」
「すまん、霧野にどう伝えたらいいかなんか分からなくて」
申し訳なさそうにする姿は夢のまま、けれど現実は甘くない。そしてこれが神童なんだ。本当の神童だ。
「いいよ、おめでとう」
心から祝福の言葉をかける。神童はほっとしたように口元が緩んで、目尻を下げた。
「ありがとう」
きっとこれでいいんだ。神童がこんな風に笑ってなってくれるならオレは生きていける。長年の想いが愛に変わる瞬間ってこんな感じかもしれないと霧野は苦笑いをした。
踏切の音は現実では聞こえてこなかった。


20150309




prev next








×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -