奇跡だった【櫂アイ】VG



「さよならだ、アイチ」

夢の中で何度もそう笑顔でいって自分の目の前から姿を消す。待ってよ、行かないで、と声をかけたくても僕の口は動かなかった。走り出すことも出来なかった。
目が覚めると汗でぐっしょりとした感触が背中を走り回る。時計をみると午前5時と随分早く起きてしまった。もう一度寝てしまいたかったけれど、先ほど見た夢で心臓はドクンドクンと聞こえるくらい興奮が収まっていない。
「櫂君……」
アイチは少しよろけながら、机の引き出しにあったブラスターブレイドを取り出す。カーテンの隙間から差す朝日に照らされて、白い騎士は輝いてみえた。
僕と櫂君を2度も会わせてくれ、そして何度も勇気をくれた。周りは成長したと言ってくれるが、僕はきっと油断したらあの頃のいじめられっこの自分に戻ってしまうのだ。
僕には櫂君が必要不可欠だった。いつだって一緒にいてほしい。そんな想いをもつようになって、隣にずっといてくださいと告白した。

「あの時も君は僕に勇気をくれたよね」
アイチはブラスターブレイドに話しかけた。ブラスターブレイドは何も答えない。当たり前だ、カードは喋らないが常識なんだ。アイチはカードの角を撫でた。
告白して抱き締められて、よかったって言われて、僕は嬉しくて泣いてしまった。
櫂君は傍にいてくれるのにどうして、夢で櫂君はさよならを繰り返し言ってくるのだろう。
胸の痛みはまだ誰にも言っていない。それは当然、櫂君にも。

アイチはそっとカーテンを開けてベランダへ出る。朝日によって赤や黄色に青に紫に様々な色合いの空が広がっていた。胸の傷が痛み、思わず持っていたブラスターブレイドを握りしめる。すると、痛みはスッーと消えていった。
「ブラスターブレイド……」
アイチは涙を一つこぼした。ああ、このままじゃ駄目なんだ、僕はさよならを言わなきゃならない。大好きなこの世界に、そして櫂君に。
「ブラスターブレイド、ごめんね、さようなら」

今日、僕は皆の記憶から消えるよ。



***
ブラスターブレイドが手元に戻ってきたのはアイチと再開したあの時以来だ。櫂はみんなの記憶からアイチがいなくなった世界はどうにも落ち着かなくて眠れなかった。そして夢を見るのだ。
誰かの足音が聞こえて振り返るとそこには誰も居なくてブラスターブレイドのカードが落ちているのだ。カードを拾ってみると濡れていて、それはアイチの涙なんだとオレはアイチ!と叫ぶ所で目が覚める。
何度も見るこの夢は、オレがアイチの記憶を失わないのとなにか関係あるかもしれないがどう関係あるかは分からない。
「アイチ……今どこにいるんだ」
アイツの笑顔がみたい。櫂はカードを額につけた。
「願うことならば、もう一度会わせてほしい。もう一度奇跡をおこしてくれ」
ブラスターブレイドは何も答えなかった。


***
「さよならだ、アイチ」
そう言って歩き出そうとすると、アイチが櫂の手を掴んだ。
「櫂君、そうじゃなくて……その、またなっていってほしい」
下を向いて話すアイチに出会った頃のアイチが浮かんだ。櫂は頭をかいて、アイチの腕を引っ張ってきつく抱きしめた。
「か、櫂君!?」
「……またな、アイチ」
「う、うん!」
アイチは嬉しそうな声をきいて櫂も思わず頬が緩んだ。
好きだったアイチ、全部奇跡だった。そう思うとこの世界はひびが入り、崩れていく。
奇跡ではない。
ブラスターブレイドの声が頭に響き渡る。


***
「櫂君、知っていた?地球ってこんな色をしているんだよ」
出来あがった眠るための祭壇からアイチは呟く。幸せの夢をみたんだ、今度は君が抱き締めてまたな、と言ってくれる夢。きっともう叶わないのに、頭の中は櫂君の優しい顔が浮かんでしまって、僕は必死にこらえてるんだよ。
「確かに奇跡だったんだ、君と出会えたこと」
ゆっくりと目を閉じてアイチは深い眠りへとついていった。
もうきっと奇跡は起きない。例えブラスターブレイドは僕の傍へ帰ってきても。




20141124




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