花にも止まらず



ピチャンピチャンと無機質な鉄の床に落ちる雫を僕は眺めた。
かつて誰からも素晴らしいと絶賛されてきた美しい少女が腿から血が垂れている。少女はついに羽化の時を得たのだ。
血のたまり場には宝石が埋もれている。もう汚れた宝石は価値がないだろう。彼女のように。

「どうだい、あと少しで蝶になる。君は満足かな」
僕は椅子に座って透明の繭に立ったまま眠る少女に問いかける。少女は目を閉じながら言った。

「不思議な気持ちです。ようやく蝶になるというのに高揚どころかむしろ罪を犯しているみたい」
少女の声は心もとない。
「しかし君が望んだ。君の愛する男のために蝶になると」
僕は手を前で組み、生えてもいないヒゲを触る、
少女は微動だにせずただ、ピチャンと音がするのみだ。

「はい。あの人のためならわたしは蝶になりたいと望みました。しかしこれはどうしてこんなにも鬱々とさせるのでしょうか、わたしは蝶になりたかったはず」
少女が言い終える前にパキッと繭にヒビが入り、血が止まった。いよいよだ。少女は蝶になる。僕は立ち上がり繭の傍に立った。

「君は蝶になれる。満足もする。しかし、これにはリスクがあるといったろう?蝶には蝶の負がある。君はそれを背負っていくのだ」
「ああっ!!―――」

割れた破片は水たまりに落ちて赤く染まった。
少女は蝶になった。もう戻れない。蝶として彼女は生きるのだ。目をゆっくりとまるでテープを丁寧にとるように開けていく。彼女の目は薄いブラウンがともる。

「おめでとう」
僕は言いその場をすぐ去った。
彼女は体中を触り変身できたと喜び、やがて悲鳴をあげながら走り回り出した。何と言っているかは全く聞き取れない。だが呻き苦しんでいるのは分かる。
無理もないだろう。彼女が愛した男を本当に好きだったかと疑いを持ってしまったのだ。彼女には女特有の感情が優先されるようになった。そして分からなくなる。昔の感情が沸かないからだ。


僕は蝶が荒れ狂うのを手に持っていたスマートフォンでパシャリと撮った。
「哀れな男よ」
僕は次の扉を開けた。




20140223




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