姉と弟2【基山ヒロトと吉良瞳子】








「あれ、姉さん。こんなところでどうしたの?」
瞳子が振り返ると、ヒロトが大きな白い花や紫の小花等の花束を持ち立っていた。ヒロトは傘を差していなかったので、空を見上げると、いつの間にか雨が止み、厚い雲の間から日が差し込んでいた。
「あなたこそ。どうしてここに」
水滴を払って傘をたたみ、雨で濡れた部分を拭こうとかばんからハンカチを取り出そうとする前に、ヒロトがハンカチを差し出した。
「よかったら使って」
「ありがとう」
 こういう気がきくところは昔から変わっていない。瞳子はヒロトが貸してくれたグレーのハンカチで自分の服や肩を拭いた。すると、ぼそりとヒロトが呟いた。
「オレ、たまにここに来ているんだ。ここにくると何故だか落ち着くような気がしてさ、変だよね、血縁関係があるわけじゃないのに」
その声は別に寂しいわけでも瞳子への嫌味でもなく、ヒロトの正直な気持ちのように聞こえた。ヒロトは十分に大人になった。私の背を越して、眼鏡もかけて来年からは吉良財閥を背負う若社長になる。私は思い切って訊いてみた。

「ねえヒロト。ヒロトは私の兄さん、吉良ヒロトになりたい?」
ザアと雨上がりの涼しい風が吹いて髪が口に入った。構わずにヒロトの瞳をじっと見た。嘘をついてほしくない。本当の気持ちを教えてほしい。口に入った髪は雨の味がした。ヒロトは瞳子の視線からそらさず、真っ直ぐ見返した。ヒロトが口を開くまでの間はほんの一瞬だっただろうが、瞳子にはゆっくりと雲が流れていくように穏やかな一瞬だった。
「昔はもちろんなりたかった。父さんに愛されたかった」
ヒロトはコツコツと革の靴を鳴らして瞳子の方に歩み寄り、瞳子が持っていたグレーのハンカチを取り、髪の毛を優しく拭いてくれた。
「でも今は違う。沢山の仲間がいて、沢山の思い出がある。みんなオレのことをヒロトとして得て来たものだ。本当の息子になったからといって、愛される保証ない。だとしたら本当の息子じゃなくても愛される可能性はある。おひさま園で過ごして、血の繋がりなんて大したことじゃないと分かったし、父さんは今のオレを好きと言ってくれている。だからオレは吉良ヒロトにはなりたくないよ」

ヒロトの言葉は私に言い聞かせるようだった。兄さんが私に「お前は悪くないよ」と頭を撫でてくれたように。ヒロトにも今まで様々な葛藤があったのだろう。それを乗り越えて今のヒロトがいるのだ。
「今日家に帰ったら渡そうと思ったんだけど…。これ」
瞳子はカバンからクリアファイルに入った養子縁組届の書類をヒロトに見せた。ヒロトは目を見開き、瞳子の顔をみた。
「姉さん、これ……」
「兄さんの墓の前で見せるものではないかもしれない。でも兄さんにも伝えたかったの。正式にヒロトを養子にすること。私に吉良ヒロトという弟がいること」
瞳子はクリアファイルをしまい、墓の前にしゃがみ顔を上げた。最
後までサッカーを追いかけていってしまった兄さん。私の大切な兄
さんに、大切な弟を紹介するね。
 瞳子は目をつぶり、手を合わせた。ふあっとよい香りが鼻をかすめた。目を開くと、墓の花入れに薄い白い花が咲いていた。ヒロトが持っていた花だった。
「姉さん、僕も手を合わせてもいいかな」
「ええ」
ヒロトは瞳子の隣に並び手を合わせた。
ヒロトは何を思っているのだろうか。
養子になることかしら。それとも兄さんにはならないこと?ヒロトは兄さんをどんなふうに思っているのかしら。
想像をふくらましながら、瞳子はその様子を眺めた。

その後、二人で墓を綺麗にしていくことにした。用意周到なヒロトはきちんと雑巾や線香も持っていたようで、ならば線香をつけてから手を合わせてもよかったなと終わってから思った。墓が大きく意外と長居をしてしまったが、久しぶりに二人で同じ作業ができるのが瞳子には嬉しかった。ヒロトの他愛のない日常の話は、瞳子の中にずっとくすぶっていたものに風を吹き込ませる。罪悪感も後悔も雨が地に染み込むように、瞳子の中に正常に吸収されていく。決してなくなるわけではないのだ。色々あったことを全部自分自身で吸収して生きていく。昔、兄さんがいっていた「失敗してもいいから全部吸収する」ことは確かにサッカーだけじゃなかった。ようやく私にも分かったわ ………。

***
掃除が終わって、吉良家の墓を後にした。墓地から出ると坂道の凸凹にできた水たまりに夕日の光が反射している。橙色がキラキラと輝き、無性に家が恋しくなってきた。
「早く帰りましょう。夕飯の準備をしなきゃ」
「そうだね」
坂を下る二人の影は伸びて水たまりに溶けていく。ヒロトはふと口を感謝の意を述べる。
「本当に姉さんと出会えてうれしかった。オレに父さんをくれて。家族をくれて。オレを見つけてくれてありがとう」

こちらこそ弟になってくれてありがとうと瞳子は心の中で感謝した。















おわりです
先月の無配本でした。
20131118




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