彼だけの記憶【2期照吹】




富士山から帰って来た時には病院には誰も居なくて、病院の人にも聞いてもそんな人がいたのか忘れ去られていた。同じ時期に入院していた染岡君にきいていても覚えていないと答えられ、他のメンバーも同じような答えだった。すぐに違う病院に移ったとか退院したとかではない。
キャプテンに尋ねると「アフロディ…?フットボールフロンティアでは戦ったけど、俺たちと同じチームで戦ったっけ」と不思議そうにきょとんとされた。
おかしい。短い期間だったとはいえ、同じチームを過ごしたのに覚えていない訳がない。キャプテンに詳しく質問をして分かったのは、アフロディ君がフットボールフロンティアに出場したことは覚えていて、途中からアフロディ君に助っ人に加わりカオス戦で怪我をしたことは知らないということだ。

「僕だけが覚えている…」
こんなことがあるだろうか。他の皆の記憶から無くなって僕の記憶にはある。どうして僕だけ覚えているのか考えてみても分からなかった。

吹雪はなんとなくアフロディに最後に会った病院の屋上に行った。物干し竿には取り込み忘れた白いタオルが風によって揺れている。そのタオルがどこか自分の付けているマフラーに似ていて、首に巻いたマフラーの端を触った。
吹雪はアフロディが座っていたベンチに腰をかけ、ここでの出来事を振り返った。
あの日は夕焼けが綺麗で、白い彼の入院服が反射して眩しく一瞬目を細めた。キャプテンが先に彼と話していて、僕はあとからきて「すごいね、君」とだけ一言いった。お礼を言わなかったのは僕と彼は直接話していないのに、彼の怪我は僕のためだと思うのは傲慢かなと思ったからだ。彼と僕は目と目が合ったまでで、彼が僕のために怪我をしてしまったことに謝るのも変な感じになってしまう。だけど、僕は何か言いたかった。彼の優しい瞳が僕に何度も語りかけるように視線を投げたことで、僕は前を向かなければならないと気付けたことに改めてお礼したかった。それなのに。
「今はどこにいるんだろう」
僕の記憶の中だけいる彼は一体どこで何している?

急に風が強く吹いて置いてかれた白いタオルが空を舞った。
「呼んだかい、吹雪君」
髪がゆっくりと下に落ちるのを僕は見た。飛んでいって何もない物干し竿の後ろから彼は現れた。吹雪は驚いて何度も瞬きをしたり目をこすった。

「アフロディ君」
「前に会った時と雰囲気が違うね。ようやく自分の居場所に気付けたのかい」
吹雪は勢いよく立ちあがってアフロディの手を取った。すべすべした柔らかい感触に本物だと実感した。

「アフロディ君、僕ね、ずっとお礼がしたくてこっちに戻ってきてから探していた。なのにみんなひどいんだよ、アフロディ君と一緒に戦ったことを覚えていないんだ。夢でもみたのかって言われた」
「そう、でも君は覚えているね」
「そうなんだよね……どうしてかなと最後に君に会ったこの屋上にきたら何か分かるかなーってきたら会えたね」
吹雪は嬉しそうに顔がゆるんだ。
「君だけが知っているのには君があの時の僕を必要としているからじゃないかい」
「必要としている?」
彼の後ろにある空はいつの間にかあの日と同じ眩しい夕焼け色に染まっていた。
僕が彼を必要としている。吹雪はあっと声を出した。
「君にお礼が言いたいから。そう、僕はあの時の君にお礼が言いたくて探していた。だから僕だけ覚えているってこと……?」
アフロディはにっこりと微笑んだ。そうだったんだと吹雪は納得した。
しかし同時に嫌なことにも気付いた。
「じゃあ僕がお礼を言ったら、僕も忘れてしまうのかい」
「そうかもしれないね」
「それで君はいいの」
吹雪は掴んだ手をギュッと握りしめた。アフロディの目をじっとみて、吹雪は伝えた。
「君と過ごした思い出を僕は忘れたくない」
目と目が合うと試合でアイコンタクトしたことが思い出す。こうやって君が送っていた気持ちを僕はしっかりと受け止めたんだ。今度は君が受け止めてほしい。

「僕はいいことも嫌なことも忘れたくない。全部全部受け入れていきたいんだ。あの頃の日々は辛いこともあったけど、楽しいこともあった。仲間のおかげで僕は今ここにいるんだ。それは君のおかげでもあるんだよアフロディ君」

吹雪は言葉をゆっくりと紡いでいく。アフロディ君のようにアイコンタクトではなく、僕の気持ちがそのまま伝わる様にと。
アフロディは微笑んだまま、僕の言葉に耳を傾けてうんと頷いた。

「君も変わったね。もう過去に囚われていないし、前を向いている」

ぼそりと呟くと、バサリバサリとゆっくりアフロディの羽が一枚一枚開いていった。
「さて、僕はそろそろ行かなきゃならない」
アフロディが掴んでいる吹雪の手を包み込んだ。吹雪は不安そうにアフロディに聞いた。
「僕はみんなみたいに君を忘れてしまうの」
「忘れない。君が忘れたくないと思っていれば」
アフロディは吹雪の手を離した。すると羽が一回音を立てて彼を空へと浮かせた。温かった手がそれによって起きた風に当たって冷たくなる。
「また会える?」
「会おうと思えば会えると思うよ」
アフロディがパチンと指を鳴らすと風が吹いて、どこからか先程飛んでいった白いタオルが顔面に当たった。吹雪は急いでタオルを取ったが、すでにどこにもアフロディ居なかった。
よく見ると空はまだ青々としていて僕はベンチに座っていた。
「白昼夢……?」
吹雪はボーっとしながら先程のことを思い出す。大丈夫、忘れていない。

「次はいつ会えるかな」
今度会えたらアフロディ君と試合ができたらいいなと思い、吹雪は立ちがって屋上を後にした。ベンチには一枚羽が残されていたことにも気付かずに、屋上の扉はパタンと閉じた。












***
「お前も変な奴だなー」と吹雪士郎に似た真逆の弟が言う。
「君ほどでもないんじゃない?吹雪君が心配だからって、まだこの世に留まるだなんて。随分都合がいいものだよ、幽霊というものは」
屋上の貯水タンクの上でアフロディは足を組んで病院を去る吹雪を見ていった。
「どうだか。でも兄貴にあんなまやかしして何が楽しいんだ?」
「うーん、僕の自己満足だけど吹雪君ってすごく興味深いんだ。君みたいなものに憑かれてるしね」
「人をモノ扱いするな」
アツヤはアフロディの頭をぽかぽかと殴った。もちろん彼は幽霊であるため痛くも痒くもない。ただ目の前で叩かれたため少し視界が狭くなり、吹雪が見えなくなった。
「またね、吹雪君」
(いつかまた会えたら今度はゆっくりと話そうね)
アフロディは居なくなった先に小さく手を振った。













雷門照吹日おめでとうううううう!!!!!
20131109




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