風は止まない【風宮】




五月の風が吹き抜ける日、陸上部では新入部員が順に自己紹介をしていった。宮坂も前の人にならって自己紹介をする。はっきりいって面倒だった。全員部活に所属することが必須でただ足が速いからという理由で選び、やる気が起きないのだ。来週からゴールデンウィークだって言うのに、ほぼ1日練習があると聞かされた時は落胆した。放課後も休日もこれから汗まみれになって練習に励む。まさに部活動中心の中学生生活となりそうだなと先輩たちの紹介を話半分に聞いていた。
「2年はあとそれから……」
「遅れました!」
宮坂の隣を青い髪が通り抜けていく。自分の容姿も女の子みたいだと言われるから、言いたくないが一瞬女だと思ってしまった。
「遅いぞ!風丸!」
部長が風丸とやらの背中を叩いた。オレンジでうすいユニフォームを着た風丸にはダイレクトに叩かれて実に痛そうだ。普通嫌な顔をすると思うが、風丸は不平を言うわけでもなく部長に頭を下げた。
「すみません。友人に引き止められちゃって……。あれこの子たちは」
ホントお前は真面目だなーと漏らし腰に手を当てた。
「お前の後輩だ。1年、こいつが今のところうちの部のエーススプリンターの風丸一郎太だ」
「エースだなんてまだまだですよ。みんなよろしくな。」
部内で一番速いくせに何言ってんだかと周りの先輩たちが風丸に野次を飛ばした。
「よし、遅れたお前には罰として今から後輩に走りを見せること!異論は聞かない!さあ、位置についた」
部長が風丸の背中を押して白線がまっすぐ引かれたスタートラインにつかせた。風丸は渋々軽くストレッチをして位置に付く。
「新入部員よ、よくみとけよ」
今まで冗談のように話していた素振りとは違い、部長はニヤリと笑った。宮坂は人の走りをみて何が楽しいかわからないと思ったが、風丸の走りを見た時に理由が分かった。

名前の通り、風だった。向ってくるものを物ともしないフォームに沿って、後頭部で結った髪が揺れる。まるで自分の起こした風に飾りを付けているようだった。
かっこいい。人の走りをみて初めて思った。
風丸はゴールラインまで走りきると呼吸と整えてこちらをみて笑みをこぼした。
その時、胸の中に違和感が生まれた。底知れないものが出来ていく感じだ。今までなかったものだから気持ち悪い感じもするし、また気持ちよい感じもする。
周りの1年をみるとキラキラと輝いた目で風丸さんを見つめていた。ざわざわと数人が立ち上がり、風丸の元へと駆け寄った。尊敬のまなざしを一身に受けても風丸は変わらず謙虚に対応していく。
「すごいだろ、あいつの走りは人を魅了するんだ。あんな奴滅多にいない」
部長はその様子に嬉しそうに喋っていた。胸の違和感は魅了されたからか。宮坂はそれで納得した。

****
希望の種目ごとに顔合わせをして、宮坂のところは一人一人タイムをとることになった。他の人の走りをみても、先程のような胸の内からこみ上げるものはこない。やはりあれは風丸だからだったのだろう。自分の番を待ちながらついついあくびが出てしまった。
「こら!自分の番じゃないからってあくびをしない」
後ろから小突かれた。みると風丸である。
「……はい」
風丸さんの走りは好きだが、こうきっちりとした真面目なところは好きじゃないな。
顔に出さないように努めると自然と無表情になる。
「次!宮坂!」
「あ、はい」
宮坂は呼ばれてスタートラインに立った。ピストルの音とともに地面を蹴った。走る事だけはめんどくさいとは思わない。周りの景色が一気に移ろい、自分の呼吸だけが聞こえるからだ。数秒間だけの自分の世界が心地よい。走り終わった後、一呼吸おいてタイムを計っている先輩に自分のタイムを訊いた。「まずまずのタイムだな」まあそうだろうなと宮坂は思った。ゆっくりと歩きながら皆が集まっている場所に戻ると、風丸が近付いてきた。

「お前、いい走りするな!」
「え?でもタイム普通でしたよ?」
「今は普通でもきっとお前は伸びるよ!」
あんな素敵な走りをする風丸に言われるとそんな気はしてきた。鬱々だった気持ちがなくなっていく。
「そうですかね」
「ああ!オレが保証する」
風丸の言葉に宮坂は顔が紅潮して思わずにやけた。ちょっと恥ずかしくて隠すように下を向くと風丸が頭をポンと叩いた。見上げると風丸のポニーテールが揺れた。
「宮坂、これから一緒に頑張ろうな」
「……はい!」
宮坂は花が咲いたように微笑んだ。
この人のようになりたい。同じ風を味わいたい。初めて人に対して憧れを抱いた。




――――あの日から1年が経ち、今年も新入部員を迎えた。先生に呼び出されてミーティングの時間はとっくに過ぎていた。宮坂は急いでグラウンドに走っていくと、サッカー部が校庭で走り込みをしていた。あの日であった風丸さんも出会ったときと変わらない真剣な表情で前を走っている。
「風丸さんの風だ」
より磨きのかかった僕の惚れた風。
風丸さんが抜けた今でも陸上部にいる理由はまだあの風を忘れたくないから。
宮坂はグランドへと駆けていった。身体に受ける風がなんだかいつもより気持ちよかった。











宮坂の日おめっとー!
20130308




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