いえるかな【照吹】



「韓国語を教えてほしいんだ」
「韓国語?」
「えーと、今度旅行で韓国へ行くんだけど、不安でさ。少しでも知っていた方が役に立つと思うんだ」
「じゃあ簡単な言葉だけ教えるね」
「アンヌンハセヨは代表的な挨拶で、こんにちは」
「発音が本場みたいー!」
「まあね。じゃあ繰り返して」
「アンヌンハセヨ」
「あんぬんはせよ!…アフロディ君みたいに発音できない」
「最初はそうだよ。それでもちゃんと分かるから平気さ」
「そうかなあ」
「挨拶をしたら次は…?」
「うーん、自己紹介?」
「では、ツェウム ブェッゲッスムニダ」
「…え?今何て言った?」
「ツェウム ブェッゲッスムニダ。ちょっと難しいかな」
「も一回ゆっくりいってくれない」
「つぇうむ ぶぇっけ すむにだ」
「つぇうむ ぶぇっけ すむにだ」
「そうそう!そんな感じ!…じゃあ、アンヌンハセヨ。ツェウム ブェッケスムニダ」
「アンヌンハセヨ!つぇうむ…ぶぇっけ?すむにだ!」
「これで会話できた」

こんな感じで彼とのプチ会話講座が河川敷で毎日開かれた。夕方のほんの30分。夕日が落ちて手元が見えなくなったら終了だ。二人の都合により3日間しか出来なかったが、彼はのみ込みが早くかなり上達したと思う。終わった後はいろんな話をした。一緒のチームでプレーしたことがあっても彼の事情であまり話せなかった分、話は盛り上がった。今更お互いを知るっていうのもおかしいねと彼はよく笑っていった。

約束の最終日、帰り道に駅へ向かう途中で僕はずっと気になっていたことを尋ねた。
「ところで旅行とやらはいつなんだい?」
「えっ…えーと」
「本当は行かないのだろう」
彼の身体が一瞬はねた。うすうすは気づいていた。そもそも旅行なら東京にいないで、彼の故郷の北海道にいるべきである。今は学校が長期休業のためにこっちに遊びにきているならなおさらだ。それなら何のために彼はわざわざこの僕に韓国語を習いたかったのか。それだけはどうしてもわからなかった。
「やっぱりアフロディ君には嘘はつけないね。」
彼はごめん!と顔の前で手を合わせた。
「嘘つくつもりはなかったんだけど、その恥ずかしくて…」
もじもじとして頭をかいた。耳を赤くしている様子をみると本当に恥ずかしかったらしい。
韓国語を習うことが恥ずかしいってどういうことだ?顎に手をつけ考えていると、彼が慌てて手を振り否定する。
「アフロディ君の考えているようなことじゃなくて!あのね、…君と同じ言葉が使えたらいいなって思ったんだ」
「どうして?今でも同じ言葉話せているじゃない」
「そうだけど…でもアフロディ君は韓国人じゃない?」
「うん」
「明日北海道に帰るんだ。だからね、これだけは言っておきたくて」
周りがガヤガヤとうるさくなり、人が多くて横に並んで歩くのも少し大変になってきた。話しているうちに駅に着いてしまったようだ。いつもここでお別れだ。話が途中だったため、彼の手を引いて駅構内の人が少ない壁側へと移動する。彼は先程から赤くなったのが直らない。赤く染まった頬は林檎みたいでとてもおいしそうだ。
「アフロディくん…?」
気がつくと彼の頬に触っていた。吹雪は戸惑った様子でこちらをみている。それはそうだ。いきなり触れられたら誰だってびっくりする。
「すまない。可愛くってつい触ってしまった。話途中だったね、でいいたいこととはなにかい」
普通に返したつもりだが、彼には火照りがさらに増すだけのようだった。彼はぶんぶんと顔を振り、円らな瞳を僕に向けた。
「いろいろ迷惑かけてなかなかゆっくり話すことが今まで出来なかったから、どうしたらお話しできるかなって考えて韓国語を習ったら思ったのが一つ。あと、君の母国語で」
吹雪はグイッと照美の袖をひっぱり耳元で囁いた。彼の吐息が耳元にかかりくすぐったい。囁いたことは彼が今日覚えたものだった。

「チョアヘヨ!」
『好きです』という意味だ。

ああ彼はこれをいうために、難しい韓国語を覚えようとしたのか。それだけを調べればいいのに、わざわざ嘘をついて残り少ない東京での日々を僕にくれたのか。
可愛い林檎の彼は口角をあげっぱなしで下を向いている。初めてこの身長と恨んだ。今の彼の緩んだ笑顔がみたくてたまらない。
「そろそろ電車が来ちゃうから行くね。ばいばい、アフロディ君」
吹雪はやりきったように照美を見上げた。何も言わない照美の袖を離して、ホームへと歩いていく。
次に会えるのはいつだろう。吹雪の背中が小さくなっていく。林檎の君は次に会った時も赤く染まってほしい。
「吹雪くん!」
こんな風に焦ったのはいつぶりか。吹雪の足がピタリと止まった。改札を通った吹雪のところへはいけない。不思議そうに吹雪は照美をみて改札へと戻っていった。汗が手ににじむ。こんな気持ちで君もさっきの言葉をいったのかい?

「サランヘヨ!」

君への回答はこれが合っている。この言葉は教えていない。しかし、彼の林檎を見る限り意味は通じているみたいだ。
周りの通行人は分からず二人の少年の会話を眺めて通過していく。ホームのアナウンスが流れる。吹雪は得意の笑顔とは異なる、初めてみる笑みで、
「ト マンナッシダ」
と言って手を振り、背中を向けて走っていった。

「また会おう。今度は熟した林檎をゆっくりと」

温かい風がホームをつきぬける。照美は自慢の長い髪を手で払い微笑んだ。
















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ハングル文字は表示の都合のため控えさせていただきました。
所詮ネットで調べた発音のカタカナ表記なので間違っていたらすみません。

アンヌンハセヨ(こんにちは)
ツェウム ブェッゲッスムニダ(はじめまして)
ト マンナッシダ(また会いましょう)
ゴマワヨ(ありがとう)
チョアヘヨ(好きです)
最後の照美の言葉が気になる方は調べてね


20120223





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