暑さで目が覚めて、熱を計ると38.2度。何度目かの発熱だった。だるい身体を動かして、薬と熱冷シート、それからヨーグルトを持って、自分の部屋へ戻った。こんなときくらい心配してくれる人がいたらよかったなと、一つくしゃみが出る。ヨーグルトを口に含むと火照った身体によくしみ込んだ。ぼーっとひたすらヨーグルトを食べていると、携帯電話が鳴った。画面を見ると『吹雪くん』
「もしもし?」
なるべく風邪だと分からないように、はっきりと喋る。
「もしもし、吹雪だけど、照美ちゃん今週の日曜って暇?」
「うん。確か練習も休みだったはず」
「よかったー!今週の日曜に東京行くんだけど、よかったら会わない?」
「うん。いいよ」
「……照美ちゃんなんか調子悪い?」
「えっ…?」
普通に会話したはずだ。どこもおかしいところはなかった。はっきりと言ったし、返答も早かったはず。
「普通ならそこは『本当!嬉しい!』っていつも黄色い悲鳴を上げるでしょ!」
「…僕がいつそんなことをしたかい。吹雪くん」
照美は軽く咳払いをして声を低めた。心の中ではそうだったかもしれないが、声に出した覚えはない。すぐに冗談だよ〜怒らないで〜と吹雪は猫なで声を発した。そうやって相手に許してもらうのが吹雪の得意技の1つである。よく自分を分かっている。
「でも、調子悪いでしょ。咳払いが喉にチクチクするような感じだった」
細かな変化に鋭いところも彼の得意とするものだ。いきなり突拍子のないことを言うから油断していた。大丈夫だと言おうと口を開いたが、駄目だと言われるのが目に見えている。照美はガックリと肩を落として布団の中に潜り込んだ。両手で携帯電話を持って耳に当てる。微かに吹雪の方の生活音が聞こえてくる。外を走る車やテレビの音、吹雪の息する音ーーー
「ごめん、風邪引いた。でも日曜までには治すから」
自分でも驚くくらい頼りない声だと思った。こんな声どこに隠し持っていたのだろう。
「治すから?」
吹雪は最後誤魔化した言葉を催促した。風邪引いたと言っているのに意地悪なことだ。少しムッとし、次に大きくため息をした。君が望んでいるなら言ってあげよう。
「逢いたいです」
頭がボーッとして自分の言葉が反響する。ずっと逢いたかった。最後に腕を触れられたあの熱が今こうしてぶり返して出てきているように思える。君の最後の顔は優しい横顔で寂しそうだった。今すぐにでも戻って『大丈夫だよ』と抱き締めてあげたい。君の体温に触れたい。
「なら風邪絶対治してよね。治さなかったら一生独身の呪いかけるから!」
早口に大雑把に言い投げる吹雪ももしかしたらそんな想いだったかもしれない。そう思うと安心して瞼が重くなってきた。
「必ず治すよ。君に会うためだもの。じゃあ休むね、おやすみ」
「おやすみなさい照美ちゃん」
それをきいて電話を切った。独身のままならこのままの二人でいられるのか、それならいいなあと照美の瞼が落ちていった。
20130111
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