迷子



「あたしをあそこに返してくれ」
彼女は頭上を指差した。
頭がフリーズする。月がとても綺麗な夜だった。


いつものようにバイトが終わって、中学生の時から使っている自転車にまたがった。片手運転を耳にイヤホンを差して、音楽プレイヤーの再生ボタンを押す。アップテンポな曲がかかった。こうして周りの音を遮断して事故にでもあったらどうするんだと心配する人もいるだろう。事故は自分ではない人が周りにいるから起こるのであって、俺の通り道に人一人も歩いていない。ただの一本道。それも家が一軒しかない山への道だ。電灯さえ家までに一本か二本ほどしかない。耳に聞こえる曲に合わせて歌っても何も恥ずかしくない。
「今日は月が明るいなあ」
周りの木々がよく見え、たまにある道路標示もぼやけずよく見える。今日のご飯はなんだろうか、ハンバーグが食べたいなあと思っていると、突然イヤホンからではない音が聞こえた。
ふぉん!
言葉にするとそんな感じか。明らかに自然に聞こえてくるものではない。周りを見渡すが誰もいないので、そのまま自転車をこいだ。幻聴か、ずいぶん疲れているものだ。そのまま今日のバイト先でのことを思い出した。店長がそろそろお前も正式に働かないかと仕事終わりに言ってきた。はあと俺があいまいな返事をすると、考えといてとそこで会話は終了した。もともと人と会話するのがスムーズではないから仕方がない。店長とは五年も付き合いがあるものの未だに互いをよく知らない。知ろうとも思わないし、あちらも知りたがらない。俺にはそれがちょうどよかった。それが今日わずかに動いた気がする。
なんか嫌だなあとため息をこぼすと、今度は確かにしかも大きく聞こえた。
ふぉん!ふぉん!
なんだ、これは。山に不法投棄した玩具の音か?いや、自転車は進んでいるのだし・・・。

「いい加減にしろ!」

急に風がぶわっと吹いて、ハンドル操作を誤った。転びはしなかったものの、とうとう自転車を止めた。俺はぞわぞわと鳥肌が立った。今、誰かが怒っていた。俺じゃない誰かが。

「おい!おい!」

どうしよう。幽霊が怒っている。なんか山の中から怒っている。やばい。これはやばい。俺は、ゆっくりと見えない何かに脅えながら携帯電話を開いた。が奇しくもここは圏外。そしてこんな時に限って、月が厚い雲に隠れた。神様は俺を見捨てたな!くそ!半泣きでいると、俺の自転車の前にうっすら影がある。影よりも光がある。月が隠れたのに、光?

「ようやく気がついたか」

唾をごくりと飲み込み、視線を上へ上へとあげていく。足はあった。とても白くて裸足。それから服を着ている。これはスカートということは女の子?腕もあるし・・・とようやく顔に辿り着いた。目がくりくりしていてお人形のような顔たちと髪質。ショートヘヤで、よくみると金髪だ。瞬間、外国の女の子の幽霊かなんかかと思ったが一番おかしいところがある。

「だ、だれ・・・?」

「あたしか?ここでいうと、月と同じく光っているあれらの仲間で11998番。ちょっとミスって流れてここに落ちた」

そう自己紹介した11998番は仏さんの後光のように光が身体からあふれていた。
何も理解できない。いや、理解したくない。なんだこれ。なんだこいつ。俺は驚きのあまりにあ、とかう、とか言葉にうまくできずに固まった。そんなことはお構いなしに彼女は続けた。

「いやー、人にすぐに会えてよかった。頼みがあるんだ。あたしをあそこに返してくれ」
彼女はにこにこと笑った。よかない、これはよくない。

「早くしないと消えてしまうもんでね。ほら、すぐに済むことさ。一言だけでいい。あたしに宇宙に還れと言えばいいだけだ」

ともかく
「宇宙に還れ!」
俺がいうと目の前がぱっと明るくなって誰もいないもとの山道だ。
夢でも見ているようだった。







即興のやつあった
20130111




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