不協和音【蘭拓】



止められたらならばよかった。




神童の泣きそうな顔が離れることはなく、自動再生が繰り返される。実際はサッカーが出来なくなってでたらめにピアノを弾く神童を見ているだけだ。言葉にしないで溜めこみ、仕方なくピアノの旋律によってオレに伝えているようだ。耳にキツイ高い音と不協和音が響き、読んでいる雑誌の内容が頭に入らない。ピアノは神童の代わりに悲鳴を上げて助けてくれと叫んでいる。それを舐めるようにページをめくる。

オレは何もできない。神童を苦しめるようなものを全て排除したら、昔のように伸びやかで繊細な音で人々の口から感嘆のため息を出させるか。懐かしいあの日々、規制されたサッカーと約束された勝敗。それでも楽しいと神童は笑っていた。ピアノを弾いて自分を表現できたように、またサッカーでも神童は幸せになれる。神童が幸せならオレは我慢できたはずだった。




「霧野、オレはどうしたいんだろう」

ピアノが泣きやんで疲れた目をした神童は、ふらふらと霧野のいるソファーへ歩いていく。足取りが何かにとりついたようにおぼつかない。

ふと手を引くと、簡単に神童は霧野の胸へと倒れこむ。友情友情友情と心の中で繰り返し、神童の頭をギュと抱きしめる。神童は抵抗をせず冷たく涙を流した。




「霧野、霧野・・・」

神童が自分を頼ってくれる。サッカーに苦しめられてオレの胸で泣いてくれる。哀れな神童、オレの好きな神童。




「霧野は本当に優しいな」

聞きあきた言葉。まだ一番ほしい言葉を言われていない。

泣いた跡がある目で見上げる神童に理性が利かなかった。

整った唇に乾いた唇を重ねて、深く味わった。ドンドンと神童は霧野の胸を叩いた。

「き、霧野!?」

それじゃない。

息を吸った神童の唇をもう一度塞ぎ、舌を絡めていく。クチャクチャと音を出して、神童は叩いていた手をやめ、霧野の服をギュッとつかんだ。

満たされていく想いと消えていく今までの我慢。先程まで流していた涙とは違う涙が綺麗だと思った。







時計の音がかちっと聞こえた。

「霧野!」

ハッと目を開けると、神童が不安そうに見ている。

「何か悪い夢でもみたのか?泣いていたぞ」

教室は夕日が差し込み、窓側の机が赤く燃えている。いつの間に寝ていたのだろう。昨日夜遅くまでゲームをしたからだろうか。

「悪い神童。心配かけた。そうだな…悪い夢をみた」

「どんなだ」

神童が霧野の前の席に座り、少し跡がついた前髪に触れた。優しい無垢な神童の手が今はとても鋭いもののようだ。

「よく覚えていないが、胸が苦しかった。今まであったものが変わるかんじ」

「霧野・・・」

神童が突然、霧野の頭を抱き締めた。 

「苦しんでいることに気づかなくてごめんな!俺いつも自分のことばかりで・・・!」

涙声が混じり温かい感触がじわじわと伝わる。この人は冷たい。この人は肝心なところには気付いていない。けれどそれは気づかない方がいいかもしれない。
霧野が神童の腕をトントンと叩いた。
「苦しい」
「あ、ごめん!」
腕が離れると霧野は微笑んで帰ろうと言った。


神童が俺のすべてなんだ。神童の音に不協和音はいらない。夢の中の自分は不協和音。お前の調律は俺が直す。


だから、綺麗に奏でていてくれ。













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神童の調律師霧野さん
20121207




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