末路【グラレゼ】





雨がこれほど冷たいとは思ったことはなかった。見上げる空は一面灰色の絵の具で塗られて、自分に当たる雫は垂れてしまったからかもしれないと詩的に表現してみた。現実ではない物語の世界ならば良かったんだ。雨に紛れて少し低めなニャアと猫の声がする。

「疲れた…」

鈴の音が足元でなる。猫が通っているのか。確認する気も起きてこない。
ゆっくりと―――ゆっくり目を閉じていく。
身体の芯が凍りそうなほど冷たい私はここで死んでいくのか。脳裏にはあの方が浮かぶ。
姿や立場は変われどもいつまでも慕ってくれたあのお方。こんな弱い自分でも好きになってくれて愛してくれて、本当に幸せでした。
けれど、とうとうあなたと一緒にという願いは叶えられそうにありません。
私が不甲斐ないばかりに失敗してしまってごめんなさい。父さん、母さん、みんな、そして、

「ヒロト…」

かつては綺麗だった緑色の髪を持つ少年は息を吐くとともに呟いた。








***
歯車は最初からおかしくてガタガタと音をたてていたようだ。
春になってから父さんがおひさま園を訪れる回数が増えてきた。俺もみんなも喜んでいた。一番喜ぶべきヒロトは何故かうっすらと笑みを浮かべるだけだった。そのうちに、ジェネシス計画が立てられた。俺たちは父さんの役に立てるならとサッカーに熱をいれた。ずっと楽しんできたサッカーだったため苦じゃないと思った。これは今までのサッカーじゃないと分かったのは、あの夜だ。
俺のチームはランク分けで一番下のセカンドランクとなった。自分の名前は捨てられ、新たにレーゼと名前を与えられた。

「君たちは一番初めの襲撃者だ。常に意識するように」

父さんの部下はそう言った。

練習が終わり、部屋に戻ろうとすると廊下でヒロトに出会った。

「ヒロ…」と声をかけようとし慌てて訂正した。

「グラン!」

グランはゆっくりと振り向いてレーゼをみた。

「誰に口をきいている?セカンドランクのレーゼ」

顔は笑っているのに、聞こえてくるグランの声は冷たい。

「えっ…あの…」

初めて聞いたグランの冷たい声はレーゼの心に刺さった。こんなに冷たくて痛いヒロトは知らない。
はあとため息をついて、カツカツと靴を鳴らしてレーゼの首を両手で掴んだ。

「グランさまでしょ?」

夢を見ているようだ。いつも優しかったヒロトがオレを睨んでいる。掴まれた首をだんだん絞めていく。
冗談でしょ…?だってあんなに仲良かったじゃないか!たった一度サッカーの試合で負けたくらいでこんな…こんな…。

「ぐ、グランさま…」

息が絶え絶えになり涙目でレーゼは言った。グランは手を離して、その拍子に倒れたレーゼに手を差しのべた。

「うん、よくできました。俺はこの学園の秩序を守り、父さんの願いのために働かなきゃいけないからこれは仕方がないよね。痣にならないといいね、レーゼ」

口はにこりとしているのに目が笑っていなかった。
ヒロトはいなくなったのだ。レーゼは差し伸ばした手を取らずに片足をついて頭を下げた。この方は私より身分が上だ。私はレーゼで、この方の手は取れない。

「大変申し訳ありませんでした。グランさま。何とぞお許しください」

私はこの方に失礼のないようにしなければ。グランさまはずっと格式高い御方なのだ。
先程までの甘い幻想は一瞬にして遠くなっていった。胸にあるエイリア石が熱いので、この効果なのだろう。熱さで消え失せる。
グランは目を見開いたが、何か考えたようでやがてレーゼの顎を上げさせた。レーゼの顔は焦りも迷いもない。悲しみだけが少し浮かんでいた。
すると、グランは唇をレーゼの唇に被せた。冷たい感触がレーゼの鳥肌をたたせた。嫌だとは思わない。でも怖い。レーゼは混乱しなすすべがなかった。グランの手が腰に回ると、自然と涙が落ちた。

「この場に及んで泣くとは…君も卑怯だね」

「わ、私はそんなつもりじゃ…!?」

「いいよ、今度は俺の部屋に来てくれたら」

グランは手を下ろした。レーゼをみるグランの深い碧の目が暗い照明に照らされて飲み込まれそう。
気がつけば、グランは目の前にいない。頬を伝った涙のあとが憎かった。

明くる日にグランの部屋を訪ねると、望み通りにされるがままだった。最初は仕方がないからと言い聞かせて苦くても飲んだし、痛さも我慢した。そのうち雷門との対戦が始まり、偽りの心が苦しくなった。まだ捨てきれていない。しっかりと役をこなさなければ。緑川なのかレーゼなのか曖昧な自分が分からなくなる。しかしグランの相手をしていると、曖昧な私を愛してくれていると嬉しくなっていった。もっと私を舐めてほしい。痛くなるくらい強く抱いて、昔よりあなたが分かる気がするから。温かい肌と聞こえる心臓の音がレーゼを安らかに眠らせた。

グランが迷い始めていたことを私が誰よりも先に分かっていた。

「レーゼ」

グランはレーゼのみぞうちを指でなぞる。グランの指が冷たく、身体が反射的にびくつかせる。レーゼがグランをみると唇を噛み締めていた。なにか嫌なことでもあったのだろうか。レーゼは手を伸ばしてグランの頬に触った。
あなたも辛いのですか。私があなたの癒しになればいいのに。
レーゼは唇を触り軽くキスをしてグランを抱き締めた。

練習中にグランに呼び出された。

「まだ勝てないの」

鼻で笑ってグランは次の計画を淡々と述べた。次は北海道で破壊をする。雷門がストライカーを探しに北海道にいくようだ。

「次こそは必ず」

私は明らかに疲れ始めていた。

「そう。次はデザームが行くそうだから、そうならないよう頑張ってね」

足を組み高い場所から私を見下ろす。昔からこうだったかのような錯覚さえする。顔をみることすら怖くて出来ない。手が汗ばみ、最悪のことを思い浮かべた。もうあとがない。失敗したら、私はどうなる?

もしかしたらグランは私を求めることをやめるだろう。

今まで以上に練習に力が入った。より早くより強く、血を吐いても痛さなんてあの人を失うのに比べたら忘れてしまう。周りから見ても分かるくらい焦っていた。
「レーゼ、そのくらいにして…」
「うるさい!ディアム!」
レーゼはディアムを突き放した。レーゼはハッとしてディアムをみると、心配そうな顔をしている。

「・・・ごめん」

「いいよ、レーゼ。もうあとがないもんな。俺も付き合うよ」

「ありがとう」

レーゼがお礼を言うと、ディアムは立ち上がり背中を優しく叩いた。前にもこうしてもらったことがあった。あれは、いつの話だっけ。思い出そうとすると頭がキリキリと痛んだ。構わずにボールを追いかけた。

「円堂君ってさあ、どんな感じ?」

いつもより降り注がれた愛にレーゼは幸せで眠ってしまいかけそうな時だった。

「どんな感じと申しますと」

「彼、なんだか面白そうだよね」

グランが舌で唇をなめた。その目は好奇心に溢れ、いつになく楽しそうだ。この方がここまで楽しそうな顔をしたことがあったろうか。

「い、嫌です…!グランさま…!」

目を見開いて身体を起こした。グランさまが私から離れてしまう。考えただけで気が狂いそうだ。自然と涙が溢れて口に入った。しょっぱい味が広がり、現実へと引き戻されていく。

「あなたがいなくなってしまったら…わたしは…わたしは…!」

「それ嘘でしょ?俺がお前をただの人形のように扱われて、恨んでもいいはずだ。こんな汚らしいことを知らなくてよかったはずだ。お前はなにを俺に求めた。なあ、緑川」

緑川…?私の名前は緑川…リュウジ…。そうだ、あの日俺はそれを捨ててレーゼとなった。ヒロトだったグランにされるがままに従い、ぽっかりと空いたところにグランが入った。ヒロトがいた場所に、グランは収まった。でも、違うんじゃないか。本当にグランはそこに収まった?苦かった夜も快楽の夜に変わった時に満たされたと思った。グランの中にあるヒロトを俺は求めたのかもしれない。本物の基山ヒロトを無意識のうちに探していた。それをグランは気付いていたのだ。

「わたし…は…レーゼ…です…」

しゃくりあげてレーゼはグランの手を触ろうとすると、グランは弾いた。

「貧弱すぎるよ、君は」


目が覚めたら私は雷門イレブンと戦っていた。以前とは比べ物にならないほど円堂たちは強くなっており、エイリア石の力を使う私たちについてきている。焦るばかりだ。負けたらおしまいだ負けたらおしまいだ負けたら…グランは…ヒロトは…!
試合終了のホイッスルが鳴り響いた。世界が暗い。負けるということはつまり…消えてしまうのだ。
怪しい光とともに私の意識はそこで途絶えた。





***
汚れた私を浄化するように雨が流れる。レーゼという塗装が取れていく気がした。元の緑川リュウジが久しぶりに空気を触れた。冷たい寒い感覚がひしひしと伝わってくる。
僕は壊れてしまった。

「ごめんなさい。好きだったよ、」
グランじゃなくて、ヒロトが・・・。

雨はいつまでも止まずに降り続けた。









20121118




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