ほんの些細な、そんなこと【拓←蘭マサ】




「星の光は地球を目指している」
「なんだそれ」

もうそろそろこの時間になると半袖だと風が冷たく感じる。腰に巻いていた上着を羽織、ズボンに手を突っ込む。霧野から危ないから手を出せと言われて渋々手を出したが、歩いているうちにポケットに手が入っていた。適当にくだらない話をし、流れていく会話。無表情な会話を遮断したのは狩屋だ。
ふと見上げた夜空が空気の澄んでいて星がよく見ている帰り道だったからいけない。
昔言われた言葉がふと浮かんできて、つい口に出してしまった。狩屋は途端に耳が赤くなった。
こんなポエムみたいなことを言うキャラじゃないし、よりにもよって霧野先輩の前でなんたる失態。意味がないと思いつつ、なんでもないですと早口で誤魔化した。
霧野はそっぽを向く狩屋の顔を両手で挟み、強引に自分の方へ向けさせた。
「俺はなんだそれと訊いているんだ」
真正面から霧野の顔と対面して赤い顔を晒す形となった。
霧野は笑っておらず眉を上げ真剣な眼差しで狩屋を見ている。それは苦手な顔で、そして直視が出来ないくらい好きな顔だ。
「ちょっ…タイムウウウ!!」
狩屋は耐えかねず霧野に挟まれていた手を振りほどき、力が抜けるようにその場にしゃがみこんだ。
「どうしたんだ!狩屋!」
びっくりして霧野が慌てている。携帯電話を操作している音が聴こえる。そんなまさかと思っていると予感的中。
「あ、もしもし雷門病院ですか?」
「センパイイイ!!オレ大丈夫ですからああ!!」
抜けていた力が一気に戻ってきて、すかさず霧野に飛びかかり携帯電話を奪った。携帯電話からはニュースキャスターよりも親しみやすい声で今の時刻を教えてくれた。そのあとに規則正しい機械音が続いて聞こえてくる。狩屋は無言で電話を切った。

「狩屋が赤くなるのを隠すからいけないんだぞ。オレ結構気に入っているんだ」
今度は霧野がしゃがみ、狩屋を見上げている。うっすら勝ち誇ったような目つきがムカついてならない。この人って人は本当に…ため息がこぼれる。携帯電話を霧野に返し、仕方なく話し始めた。
「オレの保護者がたまに言うんですよ」
狩屋がいう保護者のことは吉良ヒロトということは霧野も知っている。しかしあまりヒロトの話はしたことがなかった。その話題に触れることは、狩屋のそこに至るまでの経緯に触れることと同じだからと霧野は思っているらしく触れてこなかった。狩屋自身も同情とか慰めなんていらなかった。

「昔、ある人から『星の光は地球を目指している』と言われたそうです。とても懐かしそうにいうくせに、詳しくは教えてくれなかったですけどね」
狩屋は星に手を伸ばし、グッと手を握った。
あの時のヒロトさんはその話をするとき、どこか切なそうで大事にしていた。星について詳しいヒロトさんが喋りたがらないことの1つだ。
「どんな小さな光でも何億光年かけて、地球にたどり着いた星の光をこうして誰かと見られること思うとロマン感じないかとかそんなこと言っていた気がします」

霧野は顎に手をついてマサキの顔を眺めている。ここまで話せば先程までの恥ずかしさなくなっていた。目線をニコニコと笑っている霧野と目が合った。

「なんで、嬉しそうなんですか」
「見上げてお前を見るのも悪くないなって」
「………人の話きいていましたか?」
「うん?」

うん?じゃあねぇよ!と、突っ込みたくなるが、くそ出来ない。
知ってしまったいらない感情のせいで全く辛い。
「星綺麗だなあ、狩屋」
自由人のように話がポンポン飛んでいく。星を見てはにかむ霧野の顔を直視できなくなったのはいつからだったかもう忘れてしまった。

「じゃあそろそろ帰るか。狩屋、立たせて」
両手を広げてオレに命令する。いつまでもこうしてこの人が自分だけを見てくれたらいい。
狩屋が両手を掴むと、グッと腕をひかれた。いきなりのことだったので体勢を立て直せずに、そのまま霧野の方へ倒れあろうことか唇がぶつかった。柔らかな感触と甘い味が広がり、そのあとに衝撃でどちらかの唇が切れたのか鉄の味がした。
どう考えてもしてやったりな顔で、にやりと笑っている。口を押さえて座り込んでしまった狩屋をみて指をさして霧野は言った。

「事故チュー」
「はあ!?完全な故意じゃないですか!何考えて…!」
「え?恋に落ちたの?いえーい」
「なっ…そっちじゃないでしょう!!酔っているんですか」
「酔ってないー」

霧野はしなやかな腕で狩屋の喉を猫のようにごろごろする。何で酔ったんだこの人。
ごろごろされながら今日をゆっくり思い出してみる。
今日の練習では、神童がピアノのコンクールで休みだった。年に数回あるらしく、今回は練習日と被ってしまったようだ。霧野は普通に練習に参加していたが、休憩の合間どこか上の空だった。霧野にとって神童は大切な幼馴染であることは重々承知だ。たった1日いないだけであれほど違うものか。練習は支障なくこなしているため、他の奴らは気づいていなかった。
そのため、練習後にコンクールの結果のメールをみてヨッシャ!とガッズポーズをしている霧野にオレ以外の人達は驚いていた。他の人にとってみれば、オレを含めてそういえば神童はコンクールで休んだ位にしか思ってない。しかし、霧野にしてみれば、神童のピアノのコンクールは行きたくて、頭の中は神童の結果がどうだったかでいっぱいだっただろう。
たとえ、大丈夫だと分かっていても自分の目で見られない以上、もしもが付き纏うのだ。
帰る前に自販機でコーラを買っていたことを思い出した。祝い酒だとか言っていて一気飲みをしていた。それか。いや、違うだろうな。
あの人にすぐにおめでとうと言えなかった自分が嫌なんだ。オレは代わりなのだ。あの人にしたいことが出来ないから…。

「神童先輩にこんなことも出来ないんですか」
霧野の手が少し爪を立てて止まる。じんわり痛いが、それが霧野の答えである。逆に考えてみればあの人に向ける想いはこんなことを出来るまで届いていない。一方で霧野は親愛以上の想いに届いてほしくない。どちらにせよ、喉の痛みは霧野の痛みでありオレの痛みである。

「狩屋、オレはお前が好きだぞ」

また始まった。先輩の悪い癖だ。そうやって誤魔化す。その癖が愛しいのはどこのどいつだ。狩屋の頬が赤くなる。これは反射なのかもしれない。

「あーそーですか」
もっとかっこよく切り返せたらいいのに声がキツくなってしまう。惚れた方が負けとはよく言ったものだ。
「本当だぞ、この星に誓う」
霧野は狩屋を立たせて、夜空に向かって一緒に手を伸ばした。霧野の声が耳元で囁く。

「オレはお前が好きだ。嘘は言わんと誓う」

好きだとあなたから降ってくる言葉をかき集めて埋もれて…それでもすぐに壊されていった。
どうしてオレが好きなんですか。オレにかまうんですか。霧野先輩はあの人が好きなんだろ?沢山の不安が霧野のオレに与える言葉を消していった。

軽々しく使うそれやめた方がいいですと言えないまま、繋がれた手に引きずられて綺麗な星空の下を歩いていく。
別れ際に霧野は「使うのはお前だけだよ」と耳打ちをした。
こうして今日もあの人には勝てないと、揺らぐ瞳にオレが映し出されてサヨナラと挨拶を交わした。

今見ている星の光は何億光年かかってここまで届く。
霧野先輩の想いの先にオレはちゃんといるんだろうか。
先輩はどこを目指していますか。
こうした些細なことから、毎日あなたに会うのが怖くなっていく。














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マサ蘭・蘭マサ企画「刻印」様に提出しました。
お題は「ほんの些細な、そんなこと」でした。
参加出来て嬉しかったです。



信じたいけど信じられない狩屋くんと言葉が安っぽく感じさせる霧野さん。
霧野は確かに狩屋が好きなんです。それと神童を比べるってことは彼には出来ないかなあと。
星の光〜は無印31話で円堂が土門に言った言葉です。勝手に基山にも3期で言ったのではないかと妄想。

20120923




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