いらない 【円秋】



木枯らし荘に移る日も決まり、引っ越しの準備に追われていた。
長年親しんだ自分の部屋は、大掃除のように物で溢れている。この荷物がなくなれば、しばらく空き部屋となる。

押入れを片付けていると段ボールと段ボールの間に挟まっているノートを見つけた。ノートの角をつまんで手前にある荷物を避けてノートを引っ張り出してみると、ホコリまみれで思わず咳が出た。それはシンプルな大学ノートで表紙の真ん中には子どもらしい字で「雷門中サッカー部秋日誌」と書かれていた。下にナンバーと書いてあるが、数字はかすれて読めなくなっている。

「これって…なくしたと思っていた最後の日誌?」

パラッと最初のページをみると「全国大会まであと3日!」と日付の隣に赤ペンで示されていた。

この日誌は秋が部活動の終わった日にいつも書いていたものだ。マネージャーとして選手のコンディションや練習試合の結果などはきちんと記録用紙に書き、それはサッカー部の共用財産として残しておく。秋日誌は個人的な感想や気になることをまとめたもので簡単にいえば日記であり、秋はこれを日記とは呼ばずにサッカー部日誌と呼んでいる。そっちの方が合っている気がするからといった適当な理由だ。
中学を卒業し、円堂たち雷門イレブンも高校がバラバラになったためか、高校でもサッカー部のマネージャーをしていたのに書いていなかった。たまに見返そうかなとこれとは違う秋日誌を読んだこともあったが、最後の日誌だけ行方不明だった。
秋は服についたホコリを払い、見つけた日誌を持ちベッドで横になった。
「懐かしいなあ」
1ページごとにその当時の思いが溢れている。みんなが大会2連覇をかけての期待に押しつぶされそうな時、円堂は「いつも通りでいいんだ。俺たちのサッカーしようぜ!」と全員の背中を叩いた。キャプテン痛いですよー!と悲鳴が聞こえていたことを今でも鮮明に覚えている。みんなの強張っていた体の緊張や不安が円堂の力で笑いあって溶けていく。円堂くんの力だなあとフィールドにでる背中を見送った。円堂くんの言葉や行動は、いつも感心してしまう。出来ないことは何もないんだって自らが証明してくれているみたいだ。サッカー部を作りたいと目を輝いていたあの日から、どんどん目が離せなくなって三年間ずっと後ろで見守ってきた。想いと共に積み重なって日誌も増えていった気がする。ペラペラとめくるごとに赤い数字の大きさは減っていく。そしてカウントダウンがなくなり、数字の代わりに明日!と書かれた決勝戦の前日のページの最後の行が目に留まった。

「優勝したら今度こそはっきりと伝える」

私らしいやや子どもらしい字は少し恥ずかしそうに主張してくる。常に受け身だった私がそこにいたのだ。


***
FFI の決勝戦の前日では、秋は直接言えなかった。夏未さんや冬花さんが円堂くんを好きなこと、それに対して嫉妬や焦りを何故だかあまり感じなかった。共通の好きな人がいるからこそ仲良くなれたとも思っている。二人とは今でも古きよき友達だ。それよりも自分の不甲斐なさに泣いていた。ただ見守るだけで満足し、そこから動くことが怖くて一歩踏み出せなかった。いつまでも円堂くんの隣にいることが出来ないと薄々気づいていたはずなのに。呼び止めることさえ、出来ずに行ってしまった背中が消えてから大好きだよって言っても遅いのだ。
今度こそわたしは言うのだ。あなたに思いを伝える。待っていても円堂くんは気付いてくれない。


***
3年のFF優勝後、打ち上げの帰り道を二人で歩いた。夕日はとうに沈み、月が綺麗な夜だった。
「本当に2連覇達成しちゃったんだなあ」
円堂は自分の手をグーパーしている。そうやって自分が成し遂げたことを噛み締めていた。
「そうだよー!みんなすごかったなーわたしすっごく興奮した!」
「おれもおれも!敵味方関係なく試合に関係する人全てのエネルギーっていうのかな、感じてここに来てよかったと思った!」
円堂は試合で疲れているはずなのにその足取りは軽く、秋が追い付かなくなる。秋はここで言わなきゃと自分の弱気にムチを打って円堂に追い付いた。去年のように泣きたくない。並んであと1センチの距離にあるこの手を掴みたい。
「円堂くん!」
秋は大きな声をだし立ち止まった。円堂も合わせて足を止める。
「ん、なんだ。秋」
鼓動が早くなる中、言いたい台詞を頭の中で繰り返し唱える。落ち着いてゆっくり言えば大丈夫のはず。
「あのね、私ね…」
だんだん声が小さくなり、赤くなって汗がじわりと額から出る。恥ずかしがっていちゃいけない。頑張れわたし!そう言い聞かせて口を開けた瞬間、風が吹いた。

「秋ってさ、いっつも元気だよな」
円堂はいつものニコニコとした顔で秋の言葉を遮ったのだ。
「そ、そう?円堂君の方が元気じゃない」
「秋が笑ったり楽しそうにしているからオレも笑えるし楽しい。秋が元気でいると、オレすっごく嬉しいんだ!」
円堂は秋の方に駆け寄り、秋の手をとった。

「いつも傍で支えてくれてありがとな!もうこれで引退だけど、共に戦った仲間として友達としてこれからもよろしく!」

これだけ近いのに一気に円堂との距離がひどく遠い。ああもうだめなんだ。円堂の笑顔が眩しくて痛くてそろそろ限界だ。
唱えていた言葉は目の前で砕かれた。破片はボロボロと風に吹かれて飛んでいく。明るく照らしていた月は雲に隠れてあたりは暗くなった。必死でこらえていたし、円堂は前を歩いている。いつの間にか泣いていたことは分からなかったはずだ。
これからもよろしくと言われてなんてわたしは答えたのだろう。適当の相槌をうっていたに違いない。気づけば一人で涙流してフラフラと家にたどり着いていた。帰るや否やすぐに部屋に引きこもって涙が枯れるまで泣き続けた。この部屋のこのベッドで…。

高校は円堂君と違う高校にいった。最初のうちは私から幾度か連絡したり会ったりはしていたが、あちらも忙しくなってきてそれもなくなった。円堂君は自分から連絡したりする方ではなかったし、私からいつも連絡していたことに途絶えた後に気付いた。
あの日のことは何度も何度も後悔しては胸が苦しくなった。どちらにせよ無理だったと何百回目の後悔で理解できた。円堂君が結婚する――――昔恋する私が描いた夢はついに失われたのだ。



次のページをめくった。2連覇達成おめでとうと大きくかかれており、それぞれ一人一人にコメントがしてある。だが、円堂へのコメントがない。

「あら、どうしてかしたら」

ページをめくっても真っ白なページが続く。と、最後のページに優勝した際に撮った写真が挟まれていた。写真の裏には「円堂くんへ」と書かれ、一言だけ添えてある。

『いつも元気だなんて決して思ったりしないでね』

記憶の奥底に投げ捨てたものを拾い上げた。思いだした。適当に相槌なんて打ってなかった。あの時、わたしそう言ったんだ!
「多分聞こえてなかったでしょうね」
流れだした涙を手で拭っても次から次へと溢れてくる。秋はティッシュを数枚取って、目元を押さえた。

写真は沢山の部員で真ん中に染岡・円堂・秋・半田の順番に並んでいる。確か半田の希望で最初の部員で並ぼうとなったはずだ。全員嬉しそうに笑っていた。あの頃の想いは今もなお私の中で生き続けるだろう。このノートが黄ばんでいって埃を被っていてもあるように。

「今でも好きなまま…」

秋は写真を日誌に挟み、再びクローゼットの奥にしまいこんだ。秋は顔を洗って、作業を再開した。いらないものと必要なものを分ける。私のあなたに対する気持ちは………。







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1日までにかくぞーと思っていたのにあれ
俺得シリーズでした
今回は「September/aiko」です…がいつの間にか「クローゼット/aiko」が強い感じに
昔の片想いの気持ちはいつまでも色褪せないわけじゃない
黄ばんで本当に好きだったかしらもあるかもね
秋ちゃんが円堂が監督していることを知らないのが、引っ掛かっていましたが、円堂は自分から連絡しないことが濃厚
となると秋ちゃんが連絡しない限りそこで途絶えてしまう
我が儘言えなきゃ好きなんて言えない
秋ちゃんが円堂を大切に思ってるのは分かるけど、自分の気持ちばかり募っても仕方ない
動けなかった理由は何だったんでしょうね
おっと語りすぎた

20120905




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