「緑川!」と呼ばれた。
上唇が付くか付かないかの寸前だった。緑川が振り向くと、ヒロトが汗を垂らし、驚いた顔をしていた。ふえとか阿呆な声を出していると、ヒロトが速攻で緑川を布団へと倒しタオルケットを被せた。
「なにす…」
「そんな格好をして風邪が悪化したらどうする」
言われて緑川はよくよく自分の格好を見返した。ボタンを全部はずして前がだらけてみっともない。緑川は慌ててボタンを付けた。
「花火くらいは緑川と見たくて帰ってきたら、顔を赤くした緑川が立っているから熱にうなされすぎたのかと思った」
ヒロトが落ちていた氷枕を緑川のおでこにのせた。
「あれ、そういえば吉良は…」
緑川が壁の方をみるといない。もしかしたら願いが叶ったと思い吉良は成仏したのかも。よかったなと壁を見つめているとヒロトもよかったと髪を撫でた。
「大分熱が下がったみたいだね。顔色もいいし、明日にはもう元気に動けそうだね」
緊張していたようで身体から力が抜けた。恋しいと想っていた気持ちが溢れ返って滴となり落ちた。
「あ、あ、」
言葉が続かない。寂しかった。一緒にお祭り行って花火見たかった。ヒロトとキスしたかったー。
ヒロトは緑川の隣で横になり、緑川の左肩をなだめて規則的に叩く。ゆっくりと落ち着きを取り戻して、深呼吸する。
「俺はここにいるよ」
叩いていたヒロトの手に触り、温かさで本当だとこぼした。
緑川は安心したのかオレの手を握りしめて、寝てしまった。風邪を引くと誰もが寂しくなるものだ。緑川も寂しかったんだろう。すやすやと可愛い顔して眠る緑川をどうにかしちゃいたいと思うのはよく分かる。だがしかし。
「無理させるとはどういうことだい。吉良ヒロト」
部屋の奥ににやけた顔の吉良ヒロトがしゃがんでこちらをずっと見ている。嫌な予感が胸をよぎり、小さい子どもたちの世話を玲奈に頼み、帰ってくると緑川の声がした。
「…んだね」
「分かった」
誰かと会話している?緑川以外はみんなお祭りに行ったはずなのに?部屋に行くと立ち上がり見たこともない表情をしている緑川が壁に…でなく透けている吉良ヒロトがキスしようとしていた。とっさに「緑川!」と叫ぶと吉良ヒロトは吃驚したのちに消えた。そしていつのまにか現れ、見ていた。
「いっただろう?これはオレのもんだ」
吉良ヒロトはオレに対しては喋らない。しかし、目をみれば何が言いたいかが自然と伝わる。
『でも彼は俺にキスしようとした』
「そうだな。それは熱があったからだよ。お前が起こして悪くなったらどうするんだ」
『こじつけのように事実を受け入れるといいよ。俺は説明したし、緑川も納得して俺にキスしようとした』
確かに緑川からだった。吉良が見えていたのも事実だし、会話が出来なければあんな立ち上がったりしないだろう。少し心が揺らぐと緑川が握っている手の感覚を意識する。
「お前は幽霊だ」
基山は吉良を睨み付けた。言葉は重石になっていっそ吉良を動けなくさせたらよいのだ。
それをみると吉良ヒロトは微笑み、ふわっと浮かんで、緑川の額を触り消えていった。
ヒロトが再び吉良を睨みつけると、口の前に人差し指を立てて静かにとポーズした。
すると緑川が目を覚ました。
「大丈夫かい緑川?」
「うん、なんか身体が軽い」
おでこを触ると熱がなくなっている。
「もう大丈夫みたい!あれなんでだろ〜」
緑川は嬉しそうに体を動かした。ヒロトはよかったねと胸を撫で下ろした。
天の川がこんなにも近くに見える。もうあの二人がいるところは指先で隠れてしまう。
『本当にどうして幽霊なんだろうね』
吉良は手をみるとほとんど透けて星がみえた。
消えゆく身体が夜空に溶けるような気がした。
またいつかーーーー
201 20828
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