熱と縁日1【吉緑】※基緑前提



※「幽霊の恋」より一年たったあとの話
※登場する吉良は実の息子の吉良君です(性格等捏造)









遠くからドーンドーンと鳴り響く花火の音が今はとても寂しく聞こえる。障子と障子の隙間を頭一つ分開けておいたため、花火の光で一瞬庭先が色鮮やかになる。


「行きたかったなあ、お祭り」

緑川はおでこからずれた氷タオルを戻す。ピピッと脇に挟んだ体温計が鳴った。もぞもぞと体温計を取り出すと、デジタル画面に38.5度を示した。熱が下がらない。身体が熱くて、パジャマの上着ボタンは全部外した。お腹だけはタオルケットを掛けている。汗がすごいから明日シーツ洗わなきゃいけないなあと脳内でメモをする。

「ヒロトとお祭りだったのに…一緒に金魚すくいやたこ焼き食べたかったしこの花火も…」

誰もいないから独り言も大きくいっても大丈夫だ。存分に言いたいだけ言おう。




風邪というものは不思議なもので一緒に生活している人を選んでうつらせるようだ。次は誰がうつるか、これはある意味生き残りゲームであると涼野は呟いていた。そう言っていた涼野は先週風邪を引き、ひたすらアイスばかり求めていて瞳子ねえさんに止められていたっけ。あれは凄く面白かったなー。その涼野からうつされたようなのであまり馬鹿に出来ない。ぶんぶんと音を鳴らしてオレの身体を冷やそうとする扇風機で、横髪がたまに口に入る。暇だ。本当に暇だ。ヒロトは祭りに行く最後の最後までオレの面倒をみると言っていた。しかし園内の小さい子に大人気なヒロトが行かないとなるとその子たちまで行かないと駄々をこねてしまう。それは申し訳ないし、なにより中学2年にもなって人に面倒をかけたくなかった。ヒロトは少し心配症すぎる。弟のように扱いすぎだ。

「ヒロトのばーかばーか」

自分で幼稚な声出して笑いだした。あーおかしい。オレはヒロトの方が心配だよ。あんなに全部一人で頑張って、いつか倒れるんじゃないかってドキドキハラハラしている。頼ろうとしないヒロトのことだから大丈夫と訊いても大丈夫って答えるんでしょ。長い付き合いなんだから、大丈夫じゃないくらいわかるよ。それともオレは頼りないかなあ、前よりはちゃんとしてるし一応ジェミニストームのチームリーダーも任されたんだよ。負けちゃったけど、初めて人を先導する立場に立ってヒロトの苦労が少し分かった気したよ。ヒロトはいつもそうだよね。誰かのために頑張って、愚痴一つこぼさないで頑張るだなんて本当に、

「好きだなあ」

心の中ではこの場にヒロトがいてほしいと思っている。風邪を引くと人が恋しいのは人間の本能なのかもしれない。弱いと身体が分かっているから心に働きかけて守ってほしいからこんな悲しい気持ちになるのかもしれない。ヒロトに守ってほしい。ヒロトに…ヒロトに…!


「ヒロト…」


障子の隙間から久しぶりに夜風が入ってくる。汗でくっついた髪と皮膚の間を乾かしてもらう。花火の音は最終段階のようでドドン!ドドン!と何発も一気に放たれている。ふと人の気配がし、障子とは反対側に顔を傾けるとうっすら人の影がある。ドンッ!!と一発大きな音とともに部屋がパッと明るく照らされる。



「俺を呼んだかい?緑川」


これは夢なんだ。ヒロトを恋しく思うからこんな夢を見るんだ。それとも熱が下がらないから見せている幻想かもしれない。テレビでタレントが寝れない夜はよく岩石が部屋の隅から落っこちるとか意味分かんないことを言っていたが、そういう系かもしれない。きっとそうだ、うん、きっと、

「久しぶりだね」


今はお盆の時期だから帰ってきているのか、そうかーとりあえず納得する理由を見つけたところで、ヒロトがオレの上に浮かんできた。


「オレの上に浮かぶなよ、吉良ヒロト」


去年の夏に会った幽霊吉良ヒロト。父さんの実の息子の幽霊がオレの目の前に現れるのはこれで2度目だ。不思議な体験ほどキラキラと輝いてみえるが、去年ぶりだとあまり胸から沸き上がる思いがない。


「随分誘うような格好しているじゃない」

「あのな〜!って」

吉良は顔を近づけてきた。

「やめっ…」

緑川は思わず吉良を振り払おうと吉良の胸を押した。しかし、自分の手は畳に力のまま叩きついた。吉良は寸前で止めて、真顔で言った。


「実体がないというのは、本当に悲しいものだね」

ひどく傷付けた。吉良は緑川の視界から消えていった。前もこうじゃないか。何も変わってなかった。何も変わってなかった?緑川は身体を起こした。

「待って!」

「ん、待ってるよ」

吉良は部屋の奥に背筋を伸ばし立っていた。


「………なにしてんの」

「今回はお盆だからとり憑いてないんだ。この裏の部屋に俺の位牌がある。あまり離れると悪霊となる。意識を持たない人を苦しめるだけのね」

「裏の部屋……父さんの部屋か」



その部屋は瞳子姉さんとヒロトしか入らない。不思議と皆近寄らずに暗黙のルールとなっている。だから本当に位牌があるかは分からない。

「なんでさ、またオレの前に現れたわけ」

「成仏したかったから」

「成仏?今は仏さんじゃないってこと?」



緑川は吉良に駆け寄り、不思議そうに見つめた。触れようとすると透けて触れない。幽霊は皆成仏したものだと思っていた。しかしよく考えるとこうして見えているのもおかしいのかもしれない。仏さんなら現世にいるオレに姿を見せない方が賢いはずだ。吉良は何のためにここにいるのか。前はヒロトがオレのことを悲しませるからとか言っていた気がする。今は熱で寂しいだけであって、いつもは傍にいてくれている。



「まだなにかやり残しがあ…」

緑川がいいかけた瞬間立ち眩みで足元がよろついた。そういえば、風邪引いてずっと寝っぱなしだ。体勢を立て直そうにもうまくいかずそのまま倒れたと思った。おっという声と共に何かに支えられた。



「緑川は賢いね」

吉良が倒れかけた緑川を支えたのだ。幽霊のはずの吉良にそんなことができるはずがない。緑川は自分の支えられた状況を信じられずにいる中、吉良は緑川をゆっくりと座らせた。



「風邪を引いているんだから気をつけて」

緑川が口を開こうとすると、吉良が喋りだした。



「あまり時間がないからそろそろ手短に用件をいうね。ある人のお陰で、ほんの少しの間、実体に慣れるようになった。今その力を使って君を助けたんだ。俺の目的はただ一つ。君のファーストキスを奪うこと」



吉良は緑川の腕を引っ張り、自分の胸に引き寄せた。緑川は抵抗しようとしたが、吉良の方が力が強い。



「な、なんで………!」

涙をこぼして吉良を見つめた。先程ヒロトが恋しくて泣いたが、今は反射的に泣いている。
自分でもよくわからないのだ。なんでこんなことをするのか。吉良はあの時言ったようにお兄ちゃんみたいなものだと思っていた。オレのことを大切にしてくれたことは、消えたあとにしみじみと感じていた。口は悪いけれど確かに優しかった。



「いったよね?俺はお前が好きだと。高ぶった感情を抑えられずに積もっていった。馬鹿だなと自分でも思ったよ。抑えられると思ったんだ。でも基山が隣にいる君がすごくかわいくって…止められなかった。これで最後だ、オレの望みをきいてほしい」



掴んでいた手を離し、吉良は壁の方へと下がった。緑川は涙を手で拭い、吉良を見上げた。彼は泣いていた。ヒロトと同じ顔が泣いている。それは一種の罪悪感だった。もしオレが断れば吉良は悪霊になるのだろうか。望みを聞き入れない場合、もう彼は彼でなくなる。そんな、憐れすぎる。

ただ幽霊にキスをするだけだ。誰にも分からないし勿論ヒロトだって許してくれるはず。これで吉良が救われるなら………。



緑川は今度は立ち眩みを起こさないようにゆっくりと立ち上がり、吉良の方へと向かう。
緑川より数センチ高い吉良に上目遣いをしていった。


「本当にこれで成仏するんだね」

「うん、ありがとう」


下を向いていた吉良は少し口許が上がった。泣いた彼は綺麗だ。



緑川はゆっくり吉良の唇に近づいていく。汗が顔から流れた。





ラストの花火に相応しく大輪の花が星空に咲いた。大きな音が鳴る中、オレは幽霊にファーストキスを捧げたーーーー













続きます

20120821






prev next








×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -