「雨止まないねー」
「そうだね」
緑川はソファに座り、テレビから視線を窓の外に向けた。雨の音は強くなったり弱くなったりを繰り返す。強くなるとテレビの音量を上げ、弱くなると下げるをいちいち調節して面倒だ。集中して見られないため、内容が半分しか頭に入ってこない。
コーヒーの匂いが漂ってきた。ヒロトはコーヒーを淹れるのが園の中で一番うまい。おそらく瞳子姉さんのコーヒーをいつも淹れているからだろう。トボトボと淹れる音を頭の後ろで聞く。二回その音を聞くと、黄緑のマグカップが目の前に差し出された。
「はい、どうぞ」
「いい匂い。ヒロトのコーヒー、オレすきー」
「それはありがとう」
まだ熱いからほんのすこし口に入れて飲む。おいしい。もう一口とカップを傾けると、ヒロトが隣に座ってじっと緑川を見つめた。カップから口を離すとヒロトは目をそらす。またカップの縁を口につけるとヒロトが見てくる。
「な、なに…?」
「なんかさ、緑川の唇がプルプルしてさらに濡れて美味しそうだなって」
ヒロトが口を開けて舌で自分の唇をなめる。
いきなり何をいうかと思えば…この人は大体変だ。 そして大体本気なのだ。
緑川がヒロトにばれないようにカップを持ってソファの端による 。
「大丈夫。食べないから。今は」
今はって何!?今ってあとで食べる気なの!?
緑川はコーヒーの揺れる水面に目をやりながら、どうしたものかと考えていると、ヒロトが耳元で「嘘だよ」と囁いた。
息が耳にかかり、ブルッと震えて一気に赤くなった。
「今日は七夕ですが、あいにく明日の朝まで雨は止まないでしょう」
お天気お姉さんが残念そうに締めくくった。
先程まで見ていた番組は終わってしまっていたようだ。
「残念だね、ヒロト。天の川見れそうにないみたい」
ようやく飲める温かさになったコーヒーをごくりと飲みおえ、カップを机においた。
「まあ、緑川が隣にいるからいいよ」
「どういうこと?」
「雨が降ると天の川は水かさが増して渡れずに会えないっていう織姫と彦星の話があってね、雨が降っている中でもオレたちは一緒にいられるから」
「…………」
「緑川?」
「ばーか!」
緑川は立ち上がり、自分のマグカップを持ってずんずんと台所に向かった。
今日のヒロトはなんなんだ!唇が美味しそうだの、雨の中でも一緒だからだの、恥ずかしい言葉ばかり並べて…!
カップを洗う手に力が入る。
ヒロトはソファから頭を後ろに倒して髪を逆立てさせて言った。
「みどりかわー食べていいー?」
「駄目だ!」
机にあるマシュマロのことなんだけどな、とヒロトはクスクスと一人笑った。
-------------------------------
七夕の日の雨を催涙雨というらしいよ
20120707
prev next