助手席に【24基緑】



ある休日、ようやく車の免許を取ったヒロトは浮かれていた。
「緑川!練習がてらに付き合ってよ!」
ニコニコと初心者マークと買ったばかりの車のキーを持っている。まるで子どもみたいだ。
「いいよ、初心者さん」

緑川はちょっと呆れながらさっさと支度を始めた。カバンに財布を入れる際に、運動免許証があることを確認した。
実は一昨年運転免許を取得している。秘書をするからには必要だろうと仕事の合間を縫って教習所に通った。取得したことをヒロトに言うと、なんで俺も誘わなかったと怒られた。

「え、だってヒロトには社長の仕事に専念してほしかったし……これからはさ、俺が車を運転して通勤すれば楽かなって…」

ごにょごにょと緑川が言うと、ヒロトはそっぽを向いてずるいと呟いた。

「でも慣れるまでは通勤には使えないかな」

「どうして?一応そこまで危ない運転じゃないんだけど…」

「危なくなったら俺がフォロー出来ない。俺は運転分からないから」

ヒロトは頭を撫でて自分の部屋へと戻っていった。
―――そうやっていつも俺を放置していく。大切にされているのは分かるけど、それは親愛なのかそれとも………
何年経っても俺たちの仲は深くなるが、そちらにはいかない。厚い壁を壊すことも破ることも出来ずに俺らは見ている。たまにヒロトがハンマーを俺に渡す。ヒロトは渡すだけですぐにどこかに去ってしまうのだ。俺は結局このままがよいとハンマーを離してしまう。
壊すことで今の安心がなくなるなら、このままヒロトのそばに。
緑川はそんなことを想うたびに何故か涙が出た。


緑川が車の助手席に乗り、ヒロトの方を見た。指差し確認をしてアクセルに足を乗せた。

「準備はいいかい?」
ヒロトは緑川に声をかける。
「準備はヒロトの方だろ。ちょっと緊張してる?」
「まあね、初ドライブだし。でも緑川がいるから安心かな」
「なにそれ、俺そこまでうまくないから頼られてもなあ…なーんてね、珍しくヒロトが俺を頼りにするなんてちょっと優越感」
「そう?いつも頼りにしてるけどな」

車はゆっくりと発進した。スピードもそこまで遅くなくスムーズだ。流れる風景を風を受けながらぼうっと眺めた。いつ頼りにされたのだろう。頼ってほしいというのはあるが、ヒロトはなかなか弱音をはかないしなんでもできる。
現に今だって運転もさまになっているし、俺なんかじゃなくてもよかったじゃないか。

チラリとヒロトを見ると真剣な表情で前を見つめている。俺の大好きな瞳だ。絶対に成し遂げるっていう瞳。視線を下ろすとハンドルを持つ指は綺麗な伸びで男らしい手つきで回している。毎日見ているはずなのにこうやってみると胸がドキドキする。全体的にいつもと違う雰囲気にシートベルトを強く握りしめた。

二時間ほど走らせ、何事もなく家に戻ってきた。
「今日はありがと。いい練習になったよ」
シートベルトを外している緑川に話しかけた。ヒロトの方は疲れたようにハンドルを抱き抱えている。
「これで緑川と車で通勤しても大丈夫だなあ」

「一つさ、きいてもいい?」
「なんだい緑川」
日差しがミラーに反射して少し眩しい。反射した日差しを避けてヒロトを見つめた。気になったことがある。今きいたほうがいい。

「その時は俺が車を運転するんだよね?」
雲がうまい具合に太陽を隠し暗くする。目がチカチカとしてまぶたを何度も動かした。
雲から太陽が再び現れるまでヒロトは無言だった。

「いや俺が運転する」

「どうして。俺の方が運転歴は長いし、普通秘書が運転するのが筋でしょ。それとも頼りない?確かにおっちょこちょいだし、ミスも多いけどでも…最初にいった言葉は嘘?発進するときに頼りにしてるって嘘だったの…!!」

助手席から運転席に身体を乗り出した。じっと顔を見つめた。ヒロトはハンドルにうつむせて目も合わせてくれない。こんなことでヒートアップしてめんどくさいでしょう。もう壁の前に二人で立つことはやめよう。緑川の目にジワリと涙が浮かんだ。

ヒロトはゆっくりと顔をあげて緑川をみた。とても申し訳なさそうに緑川を見つめた。

「ごめん、わがままなんだ。リュウジにいいとこ見せたいから。頼りにしてることは本当だ。でももうなんだかカッコ悪いね」

ヒロトは緑川の顔に触れた。

「ひどい顔にさせちゃったね」

ヒロトの手は冷たいが余計に冷たく感じる。違う、俺よりヒロトの方がひどい顔だ。

「これだけは言わせて。大切なんだ。大事にしたいんだ。もしもリュウジが車を運転して事故に遭ったりしたら怖い。運転免許を取ったと言われた時も怖かったよ。自分が知らない間に何かあったら怖くて…」

手で顔を覆うヒロトに今度は緑川が触れた。
避けていた日差しが緑川の顔に当たる。眩しそうにヒロトは緑川の顔をみた。

「過保護ヒロト」

「えっ」

予想もしない言葉にヒロトは驚いた。緑川はその様子にフフっと笑ってヒロトの額にデコピンをした。

「いたっ!なにすんの緑川!」

緑川はそそくさと助手席を降りた。晴れ渡った空を見上げて緑川は上機嫌で家の方へ歩いていった。「み〜ど〜り〜かわ〜!」と叫ぶヒロトを放っておいて。


壁はまだ破れないし壊すことはできない。しかし二人の気持ちは同じだから俺は嬉しい。



20120520




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