背伸び【貴志照】



監督と出会ったあの日に、何かが動き始めたんだと思う。心のなかで何かがザラリと音をたてて、胸が痛くて苦しい。夕日に溶け込むような髪色に不思議な雰囲気。赤くなったのは夕日のせいじゃなかったことをしっかりと覚えている。

「監督、監督」
貴志部がそう呼ぶと、
「なんだい貴志部?」
と名前を呼んでくれる。それだけで僕は頬が熱くなった。
貴志部がいいプレーをするともちろん誉めてくれるし、前日考えたフォーメーションを見せたら「貴志部はすごいね」と頭を撫でてくれた。優しい手つきといい匂いで僕の意識は飛びそうだった。

「監督はどう思っていますか。僕は監督にずっとそばにいてほしいです」
痛む理由は監督なんですよ。

一人考え事をしながらシュートした。
「どう答えてくれるだろう」
夕日を見るたびにあの日を思い出して、同じ問いに突き当たる。
シュートは見事に決まり、区切りも良かったため貴志部は使い終わったボールを拾い、かごに入れた。
毎日の習慣で、なにか用がない限り部活が終わったあとも一人練習をしている。部活動の時間は自分のためというよりチームのために使いたい。監督が来てからよりそう強く思っている。他校からみてもひどかったあの状態から立て直してくれた監督。オレはずっと維持していたい。
がらがらとかごを引きずり用具倉庫に片付けた。
日はもう僅かしか見えない。

「帰る頃には真っ暗だな〜」
貴志部はのんきにロッカールームの扉を開けると、そこには監督がいた。しかもいつもの腕を組んだ体制で、椅子に座り壁に寄りかかって寝ている。
喉から声がでかかるのを必死で押さえる。だめだ。今これはすごく貴重な…監督の寝顔…。
足音を立てないように隣に座った。吐息の音により自分の心臓の音がドクンドクンとよく聞こえる。
整った顔立ちにサラサラな髪、男の人とは思えないほど綺麗な容姿に貴志部は唾を飲んだ。
まつ毛が長くて………触れたい。
まつ毛に気づいて意識したら欲求が膨れ上がっていく。綺麗なものには触りたい。こどもっぽいと笑うかな。抑えられない鼓動が貴志部を急かしていく。
尊敬の念は粉となり積もり、動かされる。ざらりとゆっくりと。
指先はゆっくりと照美のまつ毛に触れた。すると、照美の瞼が開いた。わっ!と慌てて手を引っ込めて後ろに下がったらドシンと尻もちをついた。
「いてて・・・」
「大丈夫かい!?貴志部!」
「はい大丈夫です・・・」
照美が手を差し伸べて貴志部を起こした。いとも簡単に起こしてしまう力に少しだけ悲しくなった。大人なんだと思い知らされる。

「ん、貴志部表情が暗いな。どうした?」
「早く大人になりたいです。今の僕じゃ監督を起こすことはできない・・・!」
貴志部が辛そうな目で照美を見上げた。照美はそらさず、貴志部の目をしっかり見据える。
「貴志部、大人になってどうするの」
「えっ・・・」
「大人は汚いものだよ。そして僕も・・・」
「監督はそんなんじゃない!!監督はバラバラだったチームを立て直してくれた!何も縁もゆかりもないのに、フィフスセクターの意思を無視してただオレらをまとめてくれて・・・。オレ、自分の力不足を思い知って、でも監督はいつだってオレを褒めてくれてだから落ち込まずに頑張れた!全然汚くない!」
呼吸を入れずに言い切った。はあはあと呼吸を整える。照美は眼を見開き、やがてあははと笑いだした。
「こんなかわいい子がいたなんて、あと10年早ければなー」
こんなに笑う監督見たことない。いつだって真剣な表情でオレらを指導し、時に微笑む。初めてみる監督の頬がゆるみきった表情。監督のほうが数倍可愛い。
「監督、」
貴志部がまだ笑っている照美の裾をつかむ。
「ん、なんだ・・・」


つりそうなくらい、つま先を必死で伸ばして人生の中で一番の精一杯の背伸びをした。反射で目をつぶって、貴志部の唇が監督の瞼に触れた。

「貴志部・・・?」

「口はちゃんと言ってからにします」
貴志部はロッカーから荷物を取り出し、照美に一礼してロッカールームを出た。

照美は触れられた部分をそっと触れた。
(今の表情を貴志部に見られなくてよかった・・・)
最後に見た貴志部の表情が頭から離れなかった。
















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キャラメルさま
リクエストありがとうございました!
貴志部かわいい
きどかわいい

20120126




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