恋バナをするのは楽しい。乙女の基本だ。でも、困ったことがある。好きな人がいないことだ。相手の好きな人を教えてもらう代わりに自分の好きな人を教えることはごくごく当たり前の交換条件だけど、私にはそれが出来なかった。テレビでよく出る俳優やアイドルが好きと答えるしかなかった。もっと現実見ようよと友達にド突かれて苦笑いするしかない。たまに「葵って天馬が好きじゃないの?」と聞かれて違う違うと笑って否定する。天馬は一緒にいるだけで楽しくて面白い。長い間の腐れ縁だよと友達の背中を叩いた。
実はよく分からない。そもそも恋ってなんだろうな。ぼやけたピンクのお花が舞うイメージしか浮かばない。
「茜さん」
「なあにー葵ちゃん」
茜は独特ののんびりした口調で答える。いつも持ち歩いているカメラを白い布で丁寧に拭いている。水浴びした子猫を優しく拭いているような手の動きに大切にしていることが伝わってくる。
「茜さんはその…神童キャプテンを好き…なんですよね…?」
葵は『好き』というのがこそばゆくその小さく発音した。普段なら意識しないけれど、この場合は全く別だ。緊張で肩がこわばる。
「うーん…そうだねぇ…」
茜さんは表情は変えないままカメラを拭く。葵はその無言の間によりさらにドキドキする。もしかして聞いちゃいけないことをきいた?違うの?
「葵ちゃんは好きな人いるの?」
はぐらされたーーー!!!茜さんはニコニコとこちらを見ている。こんな茜さんにさらに突っ込んで聞けるはずもなく、渋々白状する。
「実はですね、よく恋バナの話で葵の好きな人は天馬でしょ?って聞かれるのですが、そんな感じはしないのです。なんていうか天馬は友達で、好きだけどこの好きは恋の好きじゃない気がして……。ていうか恋って何!って思っちゃって」
葵は椅子の上で膝を抱えて顔をうずくめる。頭の中がぐちゃぐちゃする。
「あーうんわかるーきがするー」
茜はようやくカメラを拭き終えたのかケースにしまった。白い布を折りたたみ、葵の頭をポンポンと叩いた。
「難しく考えないで。恋にきまったものなんてないよ。離れた後にもしかして恋だったかもなんてこともあるし、直感で恋に落ちることもあるし…葵ちゃんは葵ちゃんの恋を見つければいいと思うよ。恋も好きな人もきっと同時にあるよ」
俯けたまま葵は顔を茜の方に向けた。やっぱり1年違うだけでも考え方が大人だ。ぐちゃぐちゃだった頭の中は息を吹きかけると、まるで今までの悩みはそんな軽かったのかと簡単に飛んでいく。
「私の恋かーどこにあるんですかねー」
葵は顔を上げて天井を見上げた。
「あおいー!かえるよー!」
と天馬と信介がこちらに手を振っている。
「うん、今行くー!」
二人は互いにカバンをぶつけあいっこして、遊んでいる。
「全く二人ともコドモなんだから!茜さん、お話きいてくださりありがとうございました!なんとなくわかった気がします!早く私だけの恋見つけたいです!それじゃあ…!」
葵はカバンを持って、二人の方に向かう。
「早く気付いてくれるといいなー」
先ほどケースに入れたカメラを取り出し3人を撮った。葵が天馬に向ける笑顔はたまに違った色をしていることを茜だけが知っている。
「色でいえばまだピンクになりきれてない淡いピンクね」
うふふと茜は写真をみた。
20120316
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