内緒【基緑】








耳元に聞こえる歌声をおざなりにして、目の前の数学に取り組んでいた。明日は数学の小テストがある。緑川はあまり数学が得意ではなかった。計算が遅いし、複雑になるとお手上げ状態である。今やっている問題が解けそうで解けない。こういう問題が一番イライラするし悔しいものだ。ひたすらあーでもないこーでもないと、計算しては消し、計算しては計算しては消しを繰り返していた。突然耳元からイヤホンが外れた。

「はい、これココア」

後ろを見るとヒロトがにこりと笑っていてココアを差し出した。緑川は受け取ってココアを一口飲んだ。甘い香りと味が口の中に広がる。先ほどまでイライラしていた気持ちが収まっていく。ほっとしている緑川にヒロトがごめんと謝った。

「ノックしても気付かなかったから勝手に入ってきちゃった」

「いいよ、オレが音楽聴いていて気付かなかったのが悪いんだし。それよりココアありがとう。落ち着いたよ」

「明日の数学の小テストの勉強?」

「うん、今やっている問題が解けそうで解けなくて悔しくてさー」

緑川がトントンとペンでノートを叩く。ヒロトが叩いた部分を覗いた。消しカスと消した跡が何度も解こうとしたことを物語っている。問題文を読み、緑川が書いた途中式を丁寧に見ていく。つまずいた場所が分かった。
「ちょっとペン貸して」
ヒロトはノートの隅に跡が残らないように薄く計算式を書いていく。どうやら確かめ算のようだったらしくすぐに消した。
「ここで括弧が外れるからマイナスからプラスにならなきゃいけないところと、あと分数の計算が間違っていてここは1になる」

ヒロトがペンを反対に持ち、緑川に説明する。ふいに緑川の髪がヒロトの顔を掠めた。ふんわりと香るシャンプーの匂い。先ほどまで手に持っていたココアの匂いと混ざり合って一気に耳が赤くなった。

「そっかー!やっぱヒロトは頭いいね!しかもなんでも出来ちゃうしさ!すごいよ」

緑川に笑顔で言われてヒロトはドキリとした。こんなことをしたらただの嫌味しかならないかもしれない。そう思ってしまう。心の奥の奥に引っかかっているものが取れかかっている。ヒロトは取れてほしくない。取れたらきっと余計なものまで出てきてしまって、取り返しのつかないことになる。そうなったらオレは・・・。

「そんなことないよ・・・」

緑川にすごいなどと尊敬されると、あの頃の自分を思い出してしまう。身体はしっかり覚えている。記憶はもやがかかっている。もやがかかっていることをいいことにどんどん気持ちだけは募っていった。だから、しまいこんだものが出でこようとする。

緑川は机に戻り、教えてもらったところを書き直している。まだ渇きが甘く、湿った髪が掠めたことがさらにヒロトを無意識のうちに触れていた。髪そして、頬に―――。

「ヒロ・・・ト?」

「えっあっ・・・ご、ごめん!!」
馬鹿だ。分かっていたはずなのに、馬鹿だ。緑川が思い出したらどうするんだ。
怖くなりごめんと下げた頭を上げることが出来ない。

「顔を上げてよ」

ヒロトがおそるおそる顔をあげると唇に触れられた。

「いいよ、前みたいに」

甘い味が口の中に広がる。とうとう外れてしまった。緑川が外した。

「あと戻りはできないよ。分かってる?」

うんと言う前より先にヒロトは口を塞いでしまった。














俺得企画
ココア/aiko

20120120




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