晴矢がおひさま園に戻ってきた日、あたしは泣かなかった。
晴矢の顔が見れなかった。声がすぐ近くで聞こえているのに、おかえりと言えなかった。
杏は走って自室に籠りガヤガヤした音を聞く。晴矢が他の子と話す声が聞こえる。晴矢の声は前より低くなった気がする。半年くらいで変わるものだろうか。その低い芯のある声があたしの心を揺らす。
あたしは半年前となにも変わっちゃいない。晴矢はがらりと変わって成長したかもしれない。
そう思うと不安と惨めさで目の前にたてる気がしない。杏は布団にくるまっているにも関わらずブルッと震えた。
トントン
「おい、杏」
晴矢がノックした。杏は思わずビクッと反応する。
何も返事をせずにいると入るぞと普通に入ってきた。
「か、勝手に入らないでよっ!!」
怒鳴ってはみたものの布団の中じゃ大声だしても意味がない。
「はいはい、オレもやつらに勝手に入ったら怒られるといったんだがな……そんなことよりなんでお前くるまってるの」
晴矢はベットに背を向けて座る。心臓がドクドクと波を打って晴矢に聞こえそうだ。そっと布団の端をもう少しだけ引く。
「なあ、杏」
久しぶりに聞く晴矢が放つ私の名前。先ほどよりしっかり耳に届く。電話でも聞いていた声より数倍、電波にのってきた声じゃない晴矢の声。
「…なんだこれ…」
晴矢が何かを見つけたらしい。杏はそっと布団の隙間から覗いた。紙を見ている…紙…あっ!
「見ちゃダメえええ!!」
杏は布団から飛び出して、晴矢の手から紙を奪った。晴矢が見ていた紙は今日放課後下駄箱に入っていた、いわゆるラブレターだ。あたしなんかに意味分からないとそこら辺に投げたのがいけなかった。
よりによって一番見られたくない相手に見られるなんて…と杏が顔を上げると目の前には晴矢の顔がある。
「ようやく出てきたな、ひきこもり」
ニヤッと笑う顔がムカつくが、格好いいと思ってしまう自分もいる。顔が赤くなりそうで、やっぱりまだ顔を見れないと逃げようとするが晴矢が腕で逃げ道をなくした。
杏は晴矢から視線を逸らした。
「……なあ杏」
心拍はさらに早まり、抑えることが出来ない。知られたくない。今はまだーーー、この関係のままがいい。
「そんなにオレが嫌いか?」
「!ちがっ………そうよ、アンタなんてキライよ!」
いつものくせで思ったことと反対のことを言ってしまった。馬鹿なこと言ってしまった。帰ってきたら、ちゃんとおかえりって言うつもりだったのに、何言っているんだろう。じわりと目が潤んでいく。
その時、晴矢が杏の頭を一瞬だけ優しく撫でた。そして、逃さないようにしていた腕を降ろしてハアーと溜め息をついた。
「あーそうかよ!!チッ心配して損したつーの。だがな、嫌いでもいいから泣くのはやめてくれ。オメー泣き出したら大変だし…オレも辛い」
「………」
杏が黙っていると、晴矢は部屋を出ようとした。
「待って!」
晴矢はムッとした顔でこちらを見る。そりゃ嫌いと言われたら怒っているに違いない。だけど、それは違う意味で怒っているんじゃないかなと杏は思った。今言うのが場違いかもしれないけど、
「お、おかえりなさい…」
震えそうになりながら声を出した。
「あーただいま、だ」
ドアをバタンと閉め晴矢は出ていった。
杏は緊張の糸がとぎれたようでその場に座り込んだ。
「ようやくおかえりを聞けてよかったな」
部屋から出るのを待っていた風介が肩に手を乗せる。
「ウルセェ」
そういう晴矢の顔は赤かった。
------------------------------
放置文V2。最初の意図丸無視で、ぐてぐて。おかえりって言ってくれる人がいるって嬉しいよね。
バンレアはくっつきそうでくっつかなくて、でもお互い分かってるけど、晴矢が少し大人な感じ。
レアンちゃん本当可愛いです
20111211
prev next