欲求【貴志照】







この間、少しだけ監督の寝顔を見た。あまりの美しさにまつ毛に触れて、それから背伸びをして瞼にキスをした。勢いであんなことを口走ってしまったが、あれじゃあまるで告白と同じである。家に帰った後、部屋で自己嫌悪に襲われて枕に顔を埋めた。次の日、監督はいつもと変わらず接しており、何事もなかったかのような顔をしていた。どうしようと寝られないくらい悩んでいたのに、その対応に唖然とした。もしかしたらなかったことにされたのか。あんなに胸が熱くなって瞼にキスを落としたのに、自分の思いはただの子どもの戯言だと流されたのか。貴志部はいてもたってもいられず、アフロディの元に直接訊きにいった。

「監督、その、昨日の件・・・」
貴志部が切り出すとアフロデイは顔をそ向けた。ああうんと乾いた返事だけを返された。やっぱりなかったことにされている。

「まあ僕がよく中性的であることと大人への憧憬なんだろう?他の子には言わないから安心して」
トントンと机にある資料を自分のカバンにしまいこむ。その様子に監督は何かをしながら出来る話なんですかと言ってしまいそうだった。

「そうあの人に言われたんですね」

アフロディはピタリと手を止めた。そしてカバンから手を下ろした。
代わりに鎌かけを。監督を納得させるために使った手軽な「憧憬」という言葉。あの人は、自分では憧憬じゃないことは気づいているはずだ。しかし憧憬という言葉を使わなければ、監督は困ってしまうと考えたのだろう。余計なおせっかいだ。困ってほしい。オレのことで悩んで頭の中をいっぱいにしてほしい。

「監督、こちらを向いてください」

アフロディはゆっくりと貴志部の方へ振り返った。横髪がゆっくりと揺れる。気のせいだろうか、監督の頬が僅かに染まって見える。監督の申し訳なさそうな目の奥にある恥ずかしさを見つめて微笑んだ。オレがしたことはなかったことになっていないと分かったのだ。

「貴志部、その」

その迷った姿が新鮮で可愛い。
そわそわとアフロディが貴志部に寄ろうとした瞬間、足元にあったゴミ箱に気付かずアフロディは転倒した。貴志部はとっさにアフロディを助けようとしたが、遅く、一緒に巻き込まれてしまった。二人が倒れる音が部屋の中に響いた。ゴミはなかったようでゴミ箱はコロコロと転がっている。倒れたはずなのに痛くないと顔を上げると目を見張った。監督の顔がすぐ上にあったからだ。

「監督…!すみません、大丈夫ですか!」
貴志部はアフロディの足の間で不安そうな顔している。アフロディは貴志部の頭を撫でて、フフッと笑いがこぼれた。

「大丈夫だよ。それより貴志部に怪我がなくてよかった。つい、貴志部が面白いことを言い出すからこけちゃったよ」

「面白いこと…?」
「あの人は妬いてそんなことを言っているってよくわかったね。僕も憧憬だと言われた時は分からなかったけれど、今言われて気付いたよ。あの人にしては珍しいなあ」

アフロディはくすくすと笑っている。こんな間近で監督の笑顔が見られることは嬉しいけれど、その理由があの人のせいだというのは気に食わない。

監督のこんな可愛いところを独り占めできる権利を持っているなんて。悔しい、悔しすぎる。
貴志部は顔を見上げた先にあるアフロディの喉を吸い寄せられるかのように唇を近付けた。

「きし…べっ…!やめっ…あっ…」

離そうとするアフロディの腕を上から押さえつける。力は上からだと少しは長く持った。白い肌のところに出来るだけ痕がつくようにと貴志部は柔らかい唇で強く。

「貴志部!!」

アフロディは一気に状態を起こして貴志部から離れた。眉をつり上げ、真っ赤な顔でキスされた場所を押さえている。それは怒っているのかそれとも恥ずかしいのか分からないが、監督をこんな風に自分はしたことが申し訳なさより快感がむくむくと膨れ上がる。
近づこうとすると、監督は構えて警戒した。

「監督は少し子どもを見くびりすぎです」

アフロディは貴志部を見ようとはしなかった。















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キスの日ときいて。
続きそうな雰囲気で続かない
案出してくれた方ありがとうございました!



20120523




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