汗【拓蘭マサ】







本日ラストの授業は日本史だ。一番暑く感じる時間帯、だらけたくなるのも当たり前でマサキは眠そうな顔をしている。授業中に配られるプリントが板書の役目を果たしているため、先生が言われた部分に教科書でマーカーを引くくらいしか手を動かすことがない。あとはただひたすら話を聴くだけだ。この時間になれば集中力など途切れ、放課後になにをするかと考えていたり、授業に関係ないほかのことをしだしたりする生徒が多い。
斜め前の天馬を見るとうつらうつらと首が何度も下がっている。その隣の信助は真剣に教科書にメモをしている。えらく真剣じゃんとマサキが教科書を眺めると今習っているページにはザビエルがいた。なるほどな。信助が完全に居眠り状態に入った天馬の腕をちょいちょいとつついた。天馬はうつろな目で信介の方をみると、信助が自分の教科書のザビエルをしめした。示した途端、天馬は盛大に吹きだした。

「信介なにその落書きー!!」

「わわっ!天馬!」

「こほん。」

先生は大きく咳払いをした。あっと天馬が気付いたときにはみんなの注目の的だ。恥ずかしそうに小さくごめんなさいと謝り、席に座りなおした。くすくすと周りは笑っている。さらに縮こまる天馬にごめんねと信助は手で表わした。
サボりたくなってきたマサキにとってはちょうどいいタイミングだ。静かな空気で言い出すより誰かがしゃべった後の方が言いだしやすい。

「先生―」

「なんだ、狩野」

「ちょっと具合悪いんで保健室行ってもいいですか?」

弱々しい声を出して苦しそうな顔をする。

「おおそうか、早く行ってこい」

先生は何の疑いもなく許可を出した。嘘は昔から得意である。天馬と信助は後ろを振り返り心配そうに見ている。大丈夫だよと口パクで伝えた。
サボるのに心配されると心苦しいものである。マサキは静かに教室をでた。


日光が廊下の床ほぼ全部に照りつけている。

「うわあ・・・」

マサキは思わず立ち止まった。6月に入ったばかりなのにこのじりじりと照りつける日差しは何だ。夏ってこんなに早くくるものか。日陰などほとんどなく、避けることもできずに日光を浴びながら一階にある冷房の効いた保健室を目指す。ああ、なんでこんな暑いんだ。
もう少しのところでこの暑さから解放されると思ったら、話し声が聞こえる。
今、会うといろいろと面倒な人だ。ため息をこぼして気付かれないよう角で様子をうかがった。タイミングが悪い。マサキはそっと覗いた。面倒な人である蘭丸が神童に肩を貸し、保健室の前に入ろうとしている。蘭丸が保健室のドアを引くが開かない。

「どうやら保健の先生が出ているようだな」

「そうか…」

神童は蘭丸の肩から腕を下ろしてドアに背もたれた。顔色が白い。体育着姿の二人から体育中に神童が暑さにやられて貧血でも起こしたのだろう。それを当然のように蘭丸が肩を貸して保健室に連れてきたって感じか。

「気に食わない」

当然のように蘭丸が介抱するということが容易に想像できてしまうことが苛立たしい。

「神童大丈夫か。汗すごいぞ」

蘭丸はしゃがんで神童の顔を見る。白い血の気の引いた顔に濁った汗がぽたりと落ちた。神童はダルそうに自分のポケットから汚れ一つない綺麗なハンカチを取り出して汗を拭いた。しかしすぐに気力がなくなり、腕を下ろしてしまう。蘭丸は神童の手からハンカチをとり神童の汗を拭いた。

「こんなに具合悪くなるまで我慢するなよ。今日の朝からなんだか様子が変だと思えば…」

「すまん霧野。いつも迷惑かけて」

「自覚があるなら少しは頼れ」

蘭丸は神童の頭をポンポンと優しく叩いた。神童は安心したかのように微笑んで少し寝るといって目を閉じた。蘭丸は少し笑って神童を眺めている。

入る隙間がない。彼らはお互いを知りつくしており信頼されている。もやもやとした気持ちが生まれてくる。マサキは壁に寄りかかって顔を手で覆った。知っていったけれど、だからって見たくないものは見たくない。認めたくない自分の気持ちに反発して蘭丸への苛立ちは大きくなっていく。なんで蘭丸はあの人ばかり見ているんだ。絶対に視界にはオレがいるはずなのに、オレは後輩なだけなのか。渦巻く疑問をぶつけてしまえば簡単に渦はなくなるだろう。大きな振動を立てて波打つだろう。
何か一言言おうかと足を一歩踏み出したその時、
「神童…」
と蘭丸が愛おしそうに手を撫でているのを見て、湧き上がっていた苛立ちが一瞬で消されてしまった。胸の奥がスウッと冷えていく気がし、顔から汗が落ちる。皮膚がじりじりと焼けていく音が聞こえてきそうなほど日差しを浴びていたようだ。落ちた汗をみつめた。今流れ落ちた汗は本当に暑いだけなのかそれとも。

マサキは保健室には行かずに早足で教室へと戻っていった。














「先輩は本当にキャプテンにかまいますね」
マサキが蛇口から水を飲んでいる蘭丸に声をかけた。ごくんと蘭丸の喉が鳴る。
「ん、ヤキモチか?」
「そんなわけないじゃないですか」
「なら嫌いになった?」
蘭丸がきいた。そうきくのはずるい。下を向いてマサキは答えた。
「そういうところが嫌いです」

「オレが神童を好きなところか?」
だからなんでそう訊くんだ。分かりきったようなことを。
歯をギリッと噛みしめていると蘭丸がしゃがんでマサキの顔を覗いた。

「真っ赤だ―」
と蘭丸は頬が膨れるマサキの鼻をつまんだ。息が出来なくなるじゃないですか!と大声で文句言ってやろうと口を開くと、蘭丸が中腰になり口を塞いだ。

苦い水道水の味がする。

「じゃあ、神童が待っているから!お前も遅くならないうちに早く帰れよ!」
蘭丸は手を振り部室に戻った。

口を開けば神童。オレとキスしても神童。マサキは自分の頭をクシャクシャとかき回す。真っ赤な顔は素直に嬉しかったことを表わしている。ああ、嬉しかったさ。でも悔しすぎるだろこれ。
言葉は合っているか分からないけれど、

「絶対に見返してやる」

苦い水道水の味を手で拭った。













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企画「one hour」様に提出しました。
お題は14時です。これと少し違う点があるので比べてみてね。
報われないの大好きなので、妄想楽しいです。

20120602






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