涙 | ナノ


「な…んで…っスか…?」

途切れ途切れに出たその言葉には疑問符がついてはいたが、自分自身その問いの答えなんか分かっていたし、彼女も俺が分かっていることを知っていた。

世間一般で言う幼なじみという関係だった俺ら。小さい頃からずっと一緒で、これからもずっと一緒にいるもんだと思ってたし、離れる気なんて微塵もなかった。だから高校だって彼女に同じ高校に行きたいと我儘を言って、彼女の志望校を俺と同じところにしてもらった。彼女ならもう少し上の学校を狙えたのに、わざわざ神奈川県の学校へと。
それに関しては、二人とも入学が決まってから酷い罪悪感に苛まれた。それでも、彼女は自分で決めたことだから、と笑って傍にいてくれた。それがどうしようもなく心地好くて、今思うと俺は彼女に酷いくらいに依存していたんだと思う。

寧ろ、よくずっと我儘ばかりの俺の傍にいてくれたものだ。俺は彼女の優しさに甘え続けていたのだ。
今度は彼女の優しさにより、俺らは離れ離れになるなんて知らずに。

練習が終わり、自主練の前に笠松先輩と話をしていたら、彼女に声をかけられた。言われるがままに彼女の後ろをついていくと、普段着替えに使われている部室に行き着く。くるりと規定のプリーツスカートを翻し、こちらを向いた彼女はゆったりと口を開いた。



『私は涼太君と同じ大学には行かないよ』


こうして冒頭に戻るわけである。

「な…んで…っスか…?」

喉が乾いて気持ちが悪い。さっき水分補給したばっかりなのに。いつもの通り笑顔で淡々と言い放った彼女は、笑顔のまま口を開かない。
だって俺は彼女がそう言う理由なんて知っていたから。


「聞いてたんスよね…笠松先輩との話…俺が名前と一緒の大学に行きたいって思ってるって話」

『…』

沈黙を肯定だと解釈し、俺は下唇を強く噛んだ。
彼女は将来なりたいものが決まっている。医者になって少しでも多くの笑顔を守りたいそうだ。その為に彼女が医学部がかなり有名な大学を目指していることは知っていた。
けれど、俺は心のどこかで彼女がまだ、俺の我儘に付き合ってくれることを期待していたのかもしれない。

「でも、俺は…名前と同じ…」

『ねえ、涼太君…』

「え…?」

いつも通りのゆったりとした口調が、何故か俺を妙に焦らせる。普段はとても耳に気持ちが良い筈なのに。

『私の目指している大学は、バスケに全くと言っていいほどに力を入れていない…
だから、やっぱりダメだよ。私を涼太君の足枷にしないで…』

「…っ」

『……涼太君……泣かないでよ…だって…どちらにしろ、ずっとこのままでなんかいられないんだから…』


それが分からないほど、私たちはもう子供では無いでしょう。普段の笑顔が消え、顔を歪ませてそう言う彼女を、一度強く抱き締める。少ししてから彼女を解放すると、彼女はくしゃりと笑って、俺の頭に手の平を乗せた。
優しく頭を撫でるこの行為。褒める時や、慰める時に彼女がよくする。この温もりが俺はずっと好きで、何よりも手放したくなかったものだった。


「好き…!…ずっと好きだった」

『…私もだよ』

涙が止まらなくて、彼女から離れたくなくて、この手が愛おしくて。
でも、もう俺は卒業する時期が来た。彼女から卒業する時期が。
部室から見える桜の蕾があまりにも綺麗で、最高の卒業式だと涙が溢れた。



もう一度、その手で
(俺の頭を)
(優しく撫でて欲しかった)


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