「ごめん、待ってるって言ったのに」
「それはいいのだけど……何故?」
「色々あったんだ、それとちょっと約束をしたから、グレッグミンスターから出られないんだけど……」
「別に気にしなくていいよ、私は待たせる側だったわけだし」
ぱちぱちと数回瞬きした後、ティルは満面の笑みを見せる。ありがとう、と言われてラズロは思わず顔を伏せた。感謝されるのには、慣れるものではないと思うが慣れていない。
「え」
何で照れるの。ティルの言いたいことはそれだけである。
幼い頃から人に感謝はするが感謝される環境で育たなかったラズロと、礼儀作法をきっちり教え込まれたティルとではこうしてたまに会話がかみ合わない。むしろ、共に過ごした時間を思えば、半分くらいの話はかみ合っていないのではないだろうか。
「あ、え、ごめん、何でもないんだ」
ラズロがのらりくらりとティルの疑問をかわすのも、目に見えない大きな歳の差も、育った環境も原因だろう。しかし相性はそれほど悪くないと思うのに不思議なものだ。
「そう……? ならいいんだけど、マクドールの家が残ってるから、暫くはそこに滞在することになると思う」
「……いいのかな?」
「僕が家長であるかは微妙だけど、いいと思うよ」
「そっか、ありがとう、じゃあ私はビッキーに事情を説明してくるね」
「分かった、町の入り口でリオウ達が待ってる」
ラズロはその言葉に頷くと、宿への扉を開けた。

宿の中に消えていく後ろ姿を見て、ティルは若葉色のマントのフードを深く被った。
バンダナは町に入る時に外したのでばれることは無いとは思うが、城の中にあんな像があるくらいだから油断はできない。実物はやはりラズロが語ったもの以上に衝撃的だ。
帰ってくるつもりは、無かった。解放軍と人々は呼ぶが、その軍は所詮反乱軍だ。
帝国を滅ぼし、大勢の人が死んでいった。大勢の人を殺した。それは、決して変わらぬことだ。
そしてそれを肯定するかのように、今は何の地位も持たない、殺したところで国は変わらないただの少年であるティルの命を狙う者は多い。
憎しみと復讐が生むのはさらなる憎しみと悲しみだけだと分かっていても、抑え切れない感情はあるものだ。
ティルはその事実を受け止めている。町中で突然幼い少女がナイフを向けてきても、それは仕方が無いことだと思う。確かその少女は、帝国兵だった父親を殺された怨みからティルに刃を向けた。
気になるのは、命を狙ってくる者の中にテッドが追われていたという魔女の手先がいないかということだ。ティルが個人的に探ったが、やはり魔女の死体は見つからず行方も分からない。
待っているとは言ったが、完全な安全どころか、危険ともいえる状態で真の紋章を持つラズロと共にいることは、間違っているのではないか。
たとえテッドから受け継いだ紋章に命を奪われることが無い人だとしても、それ以外のことで命を奪っては意味が無い。

「テッドもこんな気持ちだったのか」

共にいれば、親しくなれば、その人を殺してしまう。けれど、人から離れられない。やはり、一人は寂しい。
テッドが生きた月日にはラズロですら届かない。三百年、人を避け魔女から逃げるその生き方は、どれだけ孤独だったのか。
何もせず、それだけで過ぎていく時間がどれほどの苦痛になるのか、まだティルは分からない。

「でも、僕はテッドとは違う」

手を握っていいと言ってくれた人の手を離せるほど強い人間ではない。
生きていく。小さく呟いて、ティルは空を見上げた。


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