「ナナミ!」

少女が矢に射たれ倒れたのは、一瞬の出来事だった。



「な、なみ、ナナミ……!」
咄嗟に構えたトンファーは役に立たず、リオウはナナミを助け起こすために敵地だと言うのに武器を放り投げる。ジョウイが酷く動揺した顔でナナミのことを見ていたのにも気付かないほど、リオウは混乱していた。
いつも笑顔で、いつも傍にいた、姉が。
「りお、う、じょうい、けんか、しちゃ……だめだよ……」
ナナミの声は弱く小さく、集中しないと聞き取れない程で。
「リオウ……僕は」
ジョウイの言葉にも、答える余裕が無かった。立ち去るジョウイの背に、助けを求めることなどできるはずが無かった。

紋章を使おうと魔力を制御しようとするがうまくいかない。その間にも、ナナミは弱っていくだけだというのに。
「ななみ、ナナミいま、いま助けるから」
「りおう」
「黙ってナナミ! 傷が……!」
矢を抜いたら、どれだけの血が溢れるのか。考えるだけで手が震えた。まともに紋章も使えない。
助けてと、言える人は誰もいない。
「りおう、おねがい……」
「なな、み……! お願いだから……」
「おねえちゃん、って、呼んで……」
呼んで、やるものかと思った。そんな最後の願いのように。
「おねがい……」
「……お姉ちゃん」
「ふふっ……りおう、ありがとう」
そんな、本当の、家族のように。

少女の瞳を瞼が覆うのを。ぱたりと少女の首筋に雫が落ちるのを。他人事のように見ていた。





「よく、御戻りになられました」
「僕は臆病なんですよ、結局何も捨てられないんだ」
自分を、軍主の顔にしようとするシュウのことが、リオウは嫌いではない。どんな態度であろうと彼はリオウの、軍師だから。
そしてリオウは、間違いなく、シュウを含めた大勢の人の頂点に立つ軍主なのだ。
「ナナミが死んで、何を守りたかったのか分からなくなったよ」
それでも、立ち止まっているだけでは何も変わらない。変えられないことがある。守りたいと言うだけでは、守れないものがある。
だから戻ってきた。本当に守りたかったものを守るための判断を見誤ったほどに、本当に守りたかったものと並ぶほど、大切になったものを守るために。
「でも、それで逃げたら、僕の元に集った人達が守れないから」
「心は、決まりましたか」
「ううん、全然」
いま願う世界は、もうきっと叶わないものなのだろう。もう守れないものなのだろう。
「けど、僕は自分の戦う理由を曲げるつもりは無い」
何のために戦ってきたのか。何を守るための戦いだったのか。
それが分からなくなったと思っていた。しかし、戦う理由など最初から、今も、変わってなどいない。
しかし心のどこかで逃げたがっていた。だからリオウは、ナナミの手を引いて逃げることはできなかった。
最初からリオウは、ナナミと、そしてジョウイの手を引いて、二人が笑う世界のために戦っていたのに。
「僕はナナミを守れなかったよ、ジョウイを引き止めることすらできなかった」
守れなかった。救えなかった。助けを求めることすらできなかった。それは力がなかったからかと言われれば、リオウは違うと答える。
力が無かったのではない、ただ弱かったのだ。リオウは、戦争を、敵対した親友を、認められずにいた。
そうして悩んでいるうちに、守りたかったものは全て指の隙間から零れ落ちてしまった。

「僕は、この戦争を終わらせる覚悟をした」



その強さがあれば、すべてを守れると思った。
しかしそれは、守るべき少女がいて、親友が隣にいたから思えたことだったのだ。


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