「ティル」
「……おかえり、ラズロ」
がちゃりとノックも無く開いた扉に、ベッドに沈んだままティルは視線を寄越した。
そんな姿に気を悪くした風もなく、ラズロはただいまと言葉を紡ぐ。そして枕に頭を預けたままのティルに大丈夫? と問い掛けた。
「大丈夫……ではない、でもさっきよりは、良い」
「そう、よかった」
「ラズロは?」
「私は、少し不安にはなるけど、辛くはないよ」
ティルが右手に感じているような熱は、ラズロにはない。だが、痛くはないが、不安にはなる。
ふっとティルの目が優しく細められ、右手でゆっくりとラズロを手招く。
逆らう理由もなくラズロが近づけば、ティルは体を起こし左手でラズロの右手に触れた。
「……何かな、これは」
「……うん、平気だ」
「ティル?」
「触っても平気だ」
どきりとした。ティルの言葉に、ラズロは過去の自分の言葉を思い出したのだ。

触れても平気だよ。

それは、今はティルの右手に宿る紋章の元宿主に言った言葉で。
絶対などない。ラズロがソウルイーターに魂を奪われる可能性も、テッドに罰の紋章が移ろう可能性もあった。それでも、確かにあの時紋章を気にしなくていいのは互いだけだったのだ。
触れても平気だよ、と言って相手を安心させるようで、実は安心していたのは、

「……安心させてもらおうとは思っていたけど、まさかこの方法になるとは思わなかったな……」
「僕にもラズロにも、これが一番いいと思ったんだ」
不安が消えることはないが、安心はできる。この人は平気なのだと思うと、少し楽になる。
ラズロは、自分が安心するためにテッドを利用したのではないかと考えたこともあった。しかし、はっきり断言することはできないが。いま、きっとテッドも、少しは救われてくれていたのではないかと思った。
触れただけで、人はこんなにもあたたかい。
「……変な気分だなぁ」
「?」
「百五十年って長いね、前は、私が言う側だったのに」
ティルも不安なのだろうか。かつて自分がそうだったように。
ラズロはそう考えて、何だか百五十年前の不安さえ軽くなったような気がした。
傷の舐め合いが悪いとは思わないが、本当ならば決して交わってはいけないと思っていたテッドとのやりとりが、無駄ではなかったと思う。今の自分のように、きっとテッドも少しは救われた。
もし違っていてもそれを伝えてくれるものは誰もいない。だから、こんな想像を生きる糧にするのを許してほしいと、ラズロは思った。

「私は今からこの原因を探してくるから、ティルはゆっくり休んでいて」
「どこに……」
少し拗ねたような顔をティルにラズロは笑う。何だかとてもすっきりしていた。群島から離れたのは、無駄ではなかった。
「この宿だよ、密集してるみたい」
「大丈夫なのか?」
「うん、安全は確かだから、安心して」
「分かった、安心する」
あっさりと、素直に頷いたティルは再び体をベッドに投げ出す。
いってらっしゃいとひらひら振られた手に、行ってきますとラズロも手を振った。


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