ティルには敵が多い。英雄と呼ばれる人間の影の部分。
何千何万という敵味方含めた屍の頂点に立つ勝者。
勝者として称えられ、敗者には恨まれる。戦場、その手で殺す兵士たちは人間で、帰りを待つものがいると理解していて進んだ。まだ小さな少年が。
何でこんな世界なのだろうかとラズロは思う。人に心が、自我がある以上争いはなくならない。平和が一番だと分かりながらもさらなる幸せを望んで争い傷つけあう。
悲しいと思いながらもかつては自分も、今も、ティルと同じ場所に立っているのだと分かっている。
考えれば考えるほどティルは強いと思うのだ。彼は命を背負うのではなく、踏み潰すのだと言った。
ラズロは守るために戦った。ティルは自由を、未来を求めて戦った。
ティルの率いた軍を解放軍と人々は呼ぶが、ティルは今ラズロが探している集団と同じように反乱軍と呼ぶ。決してラズロの前以外で口にすることはないが、戦時から思っていたことだろう。

飛んできたナイフを剣で弾く。鈍く光るそれはあきらかに敵意を持っていた。
生々しく不気味で透明な液体が地面に刺さったナイフの刃を流れていた。
(当たったら危なかったかな……)
当たるつもりなどなかったけれど。
二本の剣を構えて精神を集中する。音も気配もない、よく訓練された暗殺者のようだ。
こんな敵を相手にするのは、仲間だったあの忍達以来だとつい笑みが浮かぶ。ラズロは戦うことが嫌いではない、最高の高揚感を得られる。
しかし戦いが終わった時一瞬にして冷め、虚しさを残す戦いは好きではない。こんなただの殺し合いはもちろん嫌いだ。
仲間のことを、昔のことを思い出すだけで嬉しくなるのはもう仕方がないと諦めているが、これではいけないとゆるんだ口元を引き締めた。
再び飛んできたナイフを避け飛んできた方に向かって地面に刺さっていたナイフを抜いて投げる。当たりはしないだろうが一瞬時間を作れればいい、地面を蹴って草むらに飛び込んだ。
すぐ後ろに降り立つ気配、剣を横に払いながら振り返れば首を狙っていたであろうナイフと剣が重く鈍い音を立ててぶつかった。
力と武器の差でナイフが弾け飛ぶ。肩に手を掛け押し倒し、二本の剣を交差するように首の横に突き立てた。腹の上に乗り身動きができないようにする。
「誰の命令だ、……!?」
じわりと赤が広がる。最後に、目の前の人間は笑った。
「またか……」
本当によく訓練されている、この暗殺者達を吐き出し送り込んでくる元が分からない。
葉の間から空を見れば、すでに青が赤になっていた。
「もうそんな時間なんだ」
早く宿に帰りたいがまだ一人見つけていない。
少し出かけてくると言って宿を出たとき、無茶はしないでと呟いたティルの顔が浮かぶ。何も言わないが、知っているのだろう。
ティルが弱いとは思わない。ティルは強いが、わざわざ危険に飛び込むことはないだろう。戦後の経験がある分ラズロの方がこういったことは得意だ。
「よし、頑張ろう」
やがて空は藍色に、黒に染まり夜がきて、そして白く染まり朝がくる。
青く、時に灰色。何事もなかったかのように明日が今日になり、今日が昨日になっていく。そしてまた明日ができる。
どんなに傷ついてもどんなに命が失われようと、世界は綺麗なまま生き続ける。
赤い空を流れていく薄い霧のような雲を見て、目の前に広がる黒になっていく赤を見て、少し綺麗な世界にやつあたりをしたくなった。


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