※帝人君がどことなく黒い。










 人ってさ、とても素敵な生き物だと思わない? 綺麗な顔するくせにまったく別物の汚い顔を持っていたりするんだよ?

 それのどこか素敵なんですか、と少年は青年に問い掛けると青年は本当に不思議そうな表情を一瞬見せるとすぐに笑顔を浮かべた。一見すると無害そうな優しそうな好青年といった笑みだが青年の中身を知ってしまっている少年はその笑顔が歪んだものにしか見えない。
 少年が露骨に嫌な顔をするのを見て青年はさらに笑みを深くする、嗚呼本当に嫌な人だなと少年は顔を歪めた。

 人ってさ、面白いよね。綺麗な顔して正論を吐くくせに同時に他の論を全て否定するんだ。不思議だよね。それが正しい、多数の意見、周りに賛同されるものだとそれを正論としてしまうんだから。裏では何を思ってるのか、まったく逆のことを考えているのかもしれないのにさ。

 それはこの世を生きるための処世術だと少年が言えば青年は笑う。喉を鳴らして、猫のように、愉快そうに。
 青年の雰囲気に取り込まれてはいけないと少年は鞄の持ち手を握り締めた。

 人ってさ、同じ生き物なのにあまりにも違うと思わない? それぞれが野望を持っていて時にはその為に相手を××することだって厭わない。野生に生きる肉食獣とはまったく違う、生きるために絶対に必要なことではないことで争う。
 他にも生きるために絶対に必要ではないものが原因で××しようなんて思ったり。君みたいな子がいたり。君の友人みたいな子もいたり。

 笑顔から一変して、すっ、っと今度は獲物を見つけた動物のような瞳で青年は少年を見据える。突然冷えた空気に少年はぶるりと震えた。一気に気温が下がったような感覚に足の感覚が持っていかれたようだ。鞄の持ち手を握り締める指先は白くなっていた。

 どう思う? 竜ヶ峰帝人君。

 あなたも同じ人間じゃないですかと返した言葉は何故ここまで嘘くさいのだろうかと少年は自分の言葉ながら疑問を持った。
 理由は、きっと分かっているのだが。
 かつてこの池袋という町に少年が来たとき友人が青年を指して言っていた不安定という言葉が今は良く分かる。青年は根本が変わることなどありえないだろうにまったく別の人間のようにころころと考えが変わる。
 嗚呼本当に気持ち悪い人だなと思いながら少年は自分の家に玄関に立ってからおよそ十分後に足を踏み入れた。勝手に人のベッドで寛ぐ青年は視界に入れないようにして。

「帝人君珈琲入れてよ」
「残念ですがそんな高級品は家にはありません」
「買ってきたから、あ、ケーキは冷蔵庫に入れておいたよ」
「……」

 はい、と笑顔で安物の粉末珈琲のビンを差し出してくる青年に最後の抵抗とばかりに少年は鞄を青年に当たらないように投げつけた。

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