繋いだ手の感触が、冷たい水の流れが、あの微笑みが忘れられない。



 よく分からないまま捕虜になり、よく分からないまま助けられ、よく分からないまま、故郷に帰ってきた。
「……帰ろう」
 そう言ってリオウに微笑んで、ジョウイは自分の家に帰った。ならばリオウも帰るべきだろう。
 誰もいない家ではない、とても大切な家族、姉がいる。
「久しぶりだなぁ、元気かなナナミ……元気だろうな」
 姉の弱っている姿など想像できない。いつも元気で、元気であろうとする人だ。

 リオウの家は道場だ。拾ってくれた人が武人だった。今はもうその人はいない。道場の裏には墓がある。
 だから、道場といっても、もうただの家だ。師範となる人いない。
「ナナミー?」
 扉を開けて中に入る。人の気配はなく、リオウは姉の名を呼んだ。しかし返事はなく、台所も覗くが姿は見えない。
「出かけてるのかな」
 少し不安になる。不気味なほど静かだ。
 誰もいない。そう思うと体が冷えた。ぞっとする。
 帰ってきたのだ。自分は帰ってきた。しかし、姉はいない。
「じいちゃん……」
 先に墓参りを済ませておこうと、リオウは道場の裏へ続く扉を開けた。


「リオウ……帰ってくるよね」
 リオウの耳が微かな声を拾う。墓の前にいる人の声。その人はリオウにとってとても愛しい人だ。唯一無二の存在。
 リオウの気配を感じたのか、その人はリオウへと視線を向けた。
 きょとんと、少し驚いた顔。しかしすぐに笑顔になる。
 そうして泣きそうな顔になり、一気に距離を縮めるとリオウに抱きついた。
「ななっ、み!」
「リオウ? リオウ!? おかえり! おかえり!」
 突然の大きな衝撃に為す術もなくリオウは地面に倒れこんだ。抱きついてきた人はしっかりと受けとめ抱き抱える。
「ナナミ、ただいま」
 ぎゅう、と腕の中の存在を確かめるように抱き締めると、じんわりと伝わってくる熱が愛しい。
「ナナミ」
 よく分からないまま仲間が死に、よく分からないまま裏切られた。
 本当に現実なのかと、自分は生きているのかと不安になった。
 伝わってくる熱が、不安を全て溶かしてしまった。親友から伝わってくる熱は、自分と同じで冷えきってしまっていたから。
 リオウは確かめるように数回ナナミの名を呼び、胸元に頭をぐりぐりと押し付けてくるナナミをそっと引き離した。
「ただいま」
「おかえり……、おかえり」
 心配したんだから、と顔を伏せたまま涙声で必死に伝える姿が愛しい。帰ってきたのだと実感する。

「ごめんね、ただいま、ナナミ」


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