「久しぶり」
「……お久しぶりです」
釣り竿から伸びた釣糸をつまらなそうに見ていた少年の瞳が一人の旅人の姿を捉える。それが誰か理解して、少年は驚きで目を見開いた。
「どう、釣れる?」
「……いや、あんまり」
 旅人は少年の隣にしゃがみこんで、気の知れた友人のように気さくに少年に話しかける。旅人は笑っていたが、少年の表情は硬い。
 以前、少年が旅人に会った時は静かだが確かな存在を示していた右手の紋章は、何故か異常なほどおとなしい。
「そっか」
「あの……」
「ん?」
 何でここに? と疑問を口にした少年を見て、旅人はきょとんとした顔をする。そして首を傾げた。
 この表情は見たことがあると思うと同時に、確かに群島で会った彼なのだと認識した。
 まさか彼が群島を出るなんて。旅人として一日に満たない時だけ共に過ごした少年にさえ、彼が群島に、思い出や記憶に執着しているのを感じ取れたというのに。
 だから疑問なのだ。なぜ彼がここにいるのか。お世辞にも有名、観光名所があるなどとは言えないバナーと呼ばれるこの小さな村に。
「んー、君が来て、仲間達に、過去に触れて、このままじゃいけないのかな、とか、少し歩いてみようかなと思った」
 それにね、と少年が旅先で見た、とても綺麗な砂浜のような色の髪に、海の青の瞳の旅人は言葉を続ける。
「なんかテッドに笑われた気がしたんだ、なにやってんだよお前、って」
 だから、と呟くその目は遠い。彼が見ているのはきっと目の前にある水面ではなく、故郷の海なのだろう。
 親友の名が出ても少年は驚かない。ただ静かに、一人歩いてきた旅人の言葉に耳を傾ける。
「だから、テッドを追ってきた、彼の生きた道を見てみようと思った、彼がどれだけ生きたのか知らないけれど、今だから知りたいと思った」
 自分が群島に行ったのと同じ理由だ、と少年は思うがやはり驚きはしない。じわりと、しとしと雨のように降って地面に染み込むような言葉だった。

 しかしその言葉に続いて、トランは良いところだね、と言われて少年は口から心臓が飛び出るかと思った。
 動揺が伝わったのか、小さく笑う声が響く。不快ではない声だ。
「君しか手がかり、とかがなかったんだ、……まだ隠しきれない生々しい大きな傷が見えた、でも綺麗だと思った、いいところだね」
「……ありがとうございます」
「うん」
 泣きそうだった。旅人は笑うだけで、何も知らないかもしれないし、全てを知っているのかもしれない。相変わらずよく分からない人だと少年は心の中で一人呟いた。
「あ、あれはびっくりしたな、お城の中の英雄博物館」
「えっ!?」
 なんだそれは、と少年が勢い良く立ち上がる。そっちこそなんだ、と旅人は首を傾げる。
「……そっくりだったよ?」
 本当に訳が分からないといった顔で旅人は立ち上がった少年を見上げる。
 彼に当たるのは筋違いだ、どんなものかも分からない。少年は溜息を吐いた。
「……まずは何がそっくりだったのか聞いていいですか……えー、あの……」
 言い淀む少年に旅人はさらに深く首を傾げる。そしてそのまま言葉を紡いだ。
「ラズロ、えーと……久しぶり? はじめまして? ティル」


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