気付いたときには一人だった。
 親なんてものいなかったし、そもそも自分は親という存在が在る事さえ知らなかった。ただ、一人で生きていた。
 生きるために刄を握った。生きるために血を浴びた。悲しんだり寂しく思ったりするような感情はなかった。そんな感情知らなかった。
 魔物が死ぬのも、人が死ぬのも、虫が死ぬのも、自分が死ぬのも、全て同じことだった。

 だから、体に力が入らなくて、痛くて、寒くて。そんな状態になっても死に対する恐怖はなかった。
 生や死を、それがどんなに大切なことかを自分に教えてくれる人はいなかった。

「にあわないよ、それ」

 少女は自分が手にした刄を見てそう言った。放っておけば死ぬであろう自分が握るには似合わないものかと笑うと、少女は顔を歪める。握った刃は、自分が生きていくためには必要不可欠な物だった。

「死ぬの?」

 もう言葉を返す気力もない。
 ただ、この少女は何がしたいのだろうとぼんやりと考えていた。
 意識も途切れそうになったとき、少女はもうその場にいなかった。





「リオウ!」
 早く早くと少女は少年の手を引き走る。少年は呆れたように溜息を吐きながらも、顔の筋肉はゆるんでいた。
「ナナミ、ジョウイとの約束まではまだかなり時間があるよ」
「それでも!」
 焦げ茶色の髪を揺らして、少女は鈴を転がすような声で笑う。少年は仕方ないなぁ、と甘い声で呟いた。
「まず野菜! 次にお肉かなぁ」
 親友と自分のために、どこでこっそりと少女に気付かれないように胃薬を買おうかと少年は考える。お世辞にも少女の料理は美味いとは言えないどころか、胃に訴えかけてくることがあるからだ。
 しかし少年も親友も少女にはどうしようもなく甘い。そして少年は少女の料理が嫌いではなかった。
(おいしくはないけど)
 それでも少年は少女の料理が好きだった。そのあたたかさは失い難いものだった。
「ナナミ」
「リオウ……?」
 引っ張られている手を捻り、少女の手を外す。少女は戸惑ったように振り返った。
「僕、野菜炒めが食べたいな」
 今度は、少年が少女の手を掴む。掴まれる、ではなく、しっかりと手を繋ぐ。少年は右手、少女は左手。
「だめ?」
 首を傾げて聞けば、ぱっと花が咲いたように少女は笑った。
「お姉ちゃん頑張って作るから!」
「うん、楽しみにしてる、ナナミの料理」
 仲良く繋いだ手を振りながら二人で歩く。隣で少女が笑っているだけで、少年は幸せだった。
 そして少女の右手と親友の左手が繋がって、二人が笑っているのが、少年にとっては最大の幸福だった。



 恋ではない。愛でもない。
 ただ、大切だった。

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