「残念だけど、ここから下は見せられないんだ、ごめんね」
 第四甲板の一室、今にも壊れてしまいそうなベッドに腰掛け、顔の前で手を合わせるとテッドは言った。
 秘密にしなければいけないことがあるから、と秘密自体は言葉にしなかったが、秘密があることをテッドは軽く口にする。それはティルに、この人は大丈夫なんだろうか、と思わせるのに十分な行為だった。
 最初から変な人だと思ってはいたが、掴み所が無いというか、テッドの判断基準や優先基準がティルには分からない。
 見るものも無いし、暗くなる前に帰ろうかと笑うテッドに、ティルは頷くしかなかった。



「腕力勝負ですね」
「そうだね、無理そうだったら引き上げるよ?」
 ロープに掴まってさえいてくれたら。と、何でもないようにテッドは言うが、掴まっているだけというのはそれなりに辛いのではないか。
「平気だと思います」
「そっか、腕力に自信がなければそんなもの持ってないよね」
 テッドが言ったのはティルが背負う黒色の棍のことだろうが、力に自信がない者はそもそもこんなロープをつたって降りることもないのでは、と言いかけ、ティルは口を閉じた。きっとやぶ蛇だ。
 かみさま、と呼ばれるテッドには、何故か常識が通じない気がした。そして自分も一般人から見れば常識外れなことを、ティルはある程度理解している。
 やはり、常識から外れてしまっている本人には、何がおかしいのか全てを理解することはできないのだ。
「ティル君、今日の宿は決めてるの?」
「決めてませんけど」
 ロープを握り締め軽々と崖を上るテッドが中央あたりで声を上げる。
「じゃあ私もご一緒させてもらっていいかな、久しぶりに布団で寝たいんだ」
 不思議なお願いにティルは首を傾げた。布団で寝たいだけならば、失礼だが別に一緒でなくてもいいのでは。
 そんなティルの様子を見て、テッドは言葉を続ける。
「私一人だと追い返されちゃうんだ。ね、お願い」
「えっと……それはどういう、って危ない!」
「平気平気、伊達に片手で剣振り回してるわけじゃないよ」
 ラズロはロープから左手を放し、右手と足だけで体を支える。落ちたら洒落にならないが、あの人なら落ちても平気なような気もする。まで考えて、ティルは首を横に振った。
「もう、上で聞きますから!」
 しかしテッドの左手がロープに戻ることはなく。さっきと比べて右手がないが、第四甲板の部屋でしたように、左手を顔の前へ――、
「お願い、一生のお願い」
 一瞬、ティルは頭の中が真っ白になって、またそれ? という言葉が唇から溢れ出そうになった。
 最後はいつも、しょうがないな――は、で許してしまう。親友の、

 反射的に、頷いていた。テッドという名前の人にはお願いを断らせない魔力でもあるのかと、そういえば短い間だが、この人の提案に首を横に振ったことはないなとティルは思った。

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