闇の気配がした。

 砂色の髪を海風で揺らし、半永久的な生を得た者は海を見ていた。青年、とも言えるが、少年とも言える姿。何年たっても変わらぬ容姿。紋章最大の呪いは乗り越えたが、不老という呪いが彼を蝕んでいた。
 ラズロ。自分の名前をふと思い出したときに繰り返し言葉にする。そうしなければ、何十年と呼ばれない名前など忘れてしまうからだ。しかし、呼ばれることの無い名前に意味はあるのだろうかと、いつからかラズロはそれを止めてしまった。
 過去に罰の紋章継承者が自らの死と引き換えに罰を封印した場所。もうラズロは数十年その場に篭っている。
 かつての仲間達は全員死んでしまった、と思っている。確認はしていない。一人、一人と、確認すればするほど自分が壊れていってしまうような気がしたからだ。

 だが、どうしようもない、困った人だが憎めない、大切だった親友には、どうしてももう一度会いたくて。
 そんな想いを抱えてラズロがラズリルを訪れた時には、町並みもすっかりとは言えないがやはり大きく変わっていた。
 過去、まだ誰もが迷い無く少年と言えた頃のラズロが所属していた騎士団には、群島開放戦争の記録、なんて歴史館のようなものが存在していてラズロは思わず笑ってしまった。
 なんだかそんなことで満足してしまって、ラズリルを観光しているうちに親友にはついでに会えればいいな程度の考えになっていた。そもそも、会えるとも思っていなかったのだ。
 だから、なんの障害も無く昔のように親友に会えてしまったのは、ラズロにとって予想外の事態だった。
 老いた親友、変わらぬ自分。昔の面影を残し、老人と言われる歳になった親友には、子供と孫がいた。妻は先に逝ってしまったと、戦争が終わった後から家の場所もそのままに暮らしていた。静かに、穏やかに。
 ベッドの中で体を起こし、子供と孫に囲まれ、ラズロを見て、幸せそうに親友は微笑んだ。

 ――。

 ぼやけてしまった声。しかし言葉ははっきりと憶えている。

 ――やぁ、ラズロ。

 その声を聞いて、泣きそうになったのを、ラズロは憶えている。とても優しい、穏やかな声だったと記憶している。
 今も、その言葉が自分を支えていると知っている。
 いつ死んだのかは分からない。だがもうあれから約八十年、生きているということはないだろう。
 彼の死は悲しい。仲間達の死も悲しい。だが一度も涙は出なかった。
 仲間達の子孫はラズロに親切にしてくれたし、それはラズロにとってとても嬉しいことで。しかし同時にとても痛い。彼等に仲間達の面影を見つける度に、置いていかれて、置いていったのだと思い知る。
 穏やかな海。少し冷たい風。変わらぬ日々。
 何も変わらなかった。何も、変われなかった。





 意味があるのかと思うくらいに眩しい光の中、闇の気配がした。
 ――テッド。
 咄嗟に出た声。数週間ぶりに自分の声を聞いた、とラズロは一人笑った。

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