※殺伐としてます。暗い表現、血注意。










「殺さなければ殺される」
それは誰に言い聞かせた言葉か。赤の滴る双剣は何も語らずただ虚しさだけを呼ぶ。
ラズロは、人であったものの前に立ち頭を振った。ぬるつく液体がこびり付き固まった髪にはいつもさらさらと風になびく面影はない。
金にも見える灰茶も、今は赤黒くなってしまっていた。
「だから殺すのか」
全身赤と土で染めたラズロとは違い、綺麗なままの少年は弓を担ぎラズロに問い掛ける。もう人として機能しない肉の塊の前でラズロが何を考えているのか少年には分からない。
「君だって同じくせに」
ラズロの背が震え言葉を紡ぐ。それは怒りだったのか悲しみだったのか。そんなこと気にしないといったように少年はその言葉にあっさり頷いた。
「そうだ、俺は自分が生き延びるために何人も殺してきた、人の命を奪う、こんな呪いの紋章のために」
でもお前はそれをどんな言葉や行動でも非難できない。分かり切ったような、見た目に似合わないような口調で少年は淡々とラズロに語る。
「だから俺もお前の行動を悪いと言えない、だが良いとも言えない」
「……敵じゃないのに」
「人の上に立つんだ、反感だって買うさ、でもそいつらはお前を殺そうとした時点で少なくとも俺の敵だ」
群島を守りたいという意志は同じ、しかしラズロは軍を導くものとして自らに牙を向ける反乱の芽を斬り取り、踏み潰さなければならない。根はそのまま、完全に取り除くことなどできはしない。
「後悔するなら関わるな、これは俺の仕事だ」
「人が死ぬのを誰より恐がってる君が、ね」
「今はあんたが死ぬのが一番怖いからな」
普段は無愛想でにこりともしない少年がこういった時にだけ全てを悟った顔で笑う。ラズロにだけ見せるその顔を、ラズロは好くのと同時に酷く嫌っていた。
「適当に穴掘って、早く埋めて帰ろう」
「別に喰ってやってもいい」
「嫌なことをやらせる気はない、それにここなら草木の良い栄養になると思う」
一瞬の大きな力により破壊された島に生きているのは一部の植物だけだ。突然の地形変化からか、島や島付近の海には長いこと雨が降り続けている。
瓦礫の山、剣を適当に服の裾で拭い鞘に収めると近くにあった棒でラズロは土を掘りはじめた。
「人の屍の上で生きるもの、か、天雷で削る、どいてろ」
「感電しない?」
「俺だぞ?」
おとなしくラズロが移動したのを見て少年は左手を掲げる。灰色に曇った空を見れば雨粒が目に入った。
左手に宿る紋章が光り、一瞬間を置いて魔法が発動する。魔力が爆発するような感覚と共にラズロが掘ろうとしていた場所に大きな雷が落ちた。
少し黒く焦げ跡が残るそこには、十分人が二人三人放り込める穴が存在していた。
「雷で穴って掘れるんだね」
「普通ならどうなんだろうな、知らないけど」
ラズロは一人引き摺り丁寧に穴の中へ入れる。もう一人を少年が運ぼうと手を伸ばしたがラズロが止めた。
二人穴に入れ、土を掻き集め埋めたのはラズロだった。結局少年は靴やズボンの裾を除いて雨に濡れた以外に汚れていない。最初から最後まで綺麗なままだ。
ラズロも雨で汚れは落ちていたが、固まってしまった髪や土汚れなどはそのままで雨に濡れる前から変わりはない。
帰ろうかと呟き歩き出したラズロを追い少年も歩き出す。特に会話もなくただ歩いた。
手を伸ばせば届くような微妙な距離を空けて少年はラズロの後ろを歩く。前を見れば、くすんだ色の赤が水を吸って濃い赤に変わり重たくなって垂れていた。
今にもずり落ちそうなそれを何も考えず見ていると、眉間に皺を寄せたラズロが振り返った。
「そんなに見られると気になるんだけど」
「深い意味はない」
「まぁ……そうだろうね」
呆れたように溜息を吐くラズロに少年は小さく笑ってやる。ラズロの眉間にさらに皺が寄るが少年は気にしない。ラズロがこんな風に溜息を吐いたり不満を分かりやすく見せるのは少年の前だけだと知っているからだ。
「……本当に君は意地が悪いな」
「分かり切ったことだろ、早く帰って風呂はいるぞ」
もう、と呟いて再び歩き出したラズロの背に向かって少年は小さく、淡々と言葉を紡ぐ。
「正義は自分を正当化するための盾じゃない」
それが人の上に立つものなら尚更。少年の言葉にラズロは足を止めたが振り返らない。
ゆっくりと息を吐いた後、ラズロは小さく、自分を正義だとは思っていないと呟き、再び歩き出す。
少年は何も言わずその後を追った。
ラズロは目に見えて汚れている。誰が見ても分かることだ。それに比べ少年は一見綺麗だ。しかしどんなに雨に濡れて流されようと、こびり付いた生臭い死の臭いは消えない。
宿す呪いの紋章の性質や自身の性格、どんなに逆に見えようと、まったく別のものに見えようと汚い部分は結局同じ、似たもの同士なのだ。だから自分を傷つけるようで相手の生き方や考え方を批判できない。だが共感もできない。
これは自己愛や依存、同族嫌悪に似ているかもしれないと少年は笑い、冷えて寒いからと左手でラズロの右手を握った。


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