「迷子?」
「いえ、人を待ってます」
「少し話しに付き合ってくれる? 私も人を待ってるんだけど全然帰ってこないんだ」
もう一時間になる、と枯葉色のマントを纏った少年は笑う。
リオウやナナミと共にジョウイは旅をしている。その中で必要なものを分担して、欲しいものは自分で買おうと一時的に別行動することになった。早く買い物が済んだジョウイは待ち合わせの場所で十分ほど前から少年の隣で街と人を眺めていた。
「ありがとう、暇だったんだ」
「いいですよ、僕も暇でしたから」
少年の髪は昔絵本で見た海の砂浜のような色をしている。金のような茶のような、複雑な色。目は空とも湖とも違う青だった。
大きな瞳、可愛らしい顔、体はマントで隠れていて一瞬性別の判断に迷う。迷子かとジョウイは聞かれたが、顔だけ見れば少年のほうが幼く見えた。
「本が好きな子でね、本屋に行ったきり帰ってこないんだ」
「一緒に行かなかったんですか?」
「私は食材を買いにきたんだ、あとは消耗品かな、欲しい本があるからって今回は一緒にきただけで普段は一緒に買い物なんてしないから」
そうなのかとジョウイは納得する。消耗品、今回は一緒という言葉から近くに住む人なのだろうかとつい人の内を探る癖で考える。それにしては旅慣れた雰囲気だなと思った。
「僕のほうは……きっと振り回されてるんだろうな」
「振り回される?」
「友人二人と旅をしてるんです、二人は姉弟なんですけど、きっと姉に色々連れ回されてるんだろうなと思って」
そうなんだ、と少年は笑う。随分大人びた、落ち着いた笑い方をする人だと思った。
今はあの小さな少女と共に身を潜めている婚約者の顔が浮かぶ。彼女とよく似ている笑い方だ。静かで品が良い。しかし彼女には目の前の少年には無い可愛らしさがあったなと思う。ほとぼりが冷めるまで無理だが、彼女に会いたくなった。
「友人か、いいなぁ」
どういう意味だろうとジョウイは首を傾げる。少年はそれを見てやわらかく微笑みながら言葉を紡いだ。
「私は裏切られてしまったからね、最後には仲直りした……というかあれはやり直せたというのかな、うん」
「裏切られた……」
ジョウイは、今の自分には痛い言葉だと思う。リオウとナナミの顔が浮かんだ。
「裏切られても大切だったよ」
「嫌いになったり、恨んだりしなかったんですか?」
「少し理不尽だと思った、でも彼は臆病なだけで卑怯ではなかったから」
雰囲気はとても落ち着いていて、物静かな、とても優しい、少し寂しそうな目をした少年はどこか遠い世界の者のような気がした。生きている世界が違う気がする。
何が少年をそう見せるのだろうと思って気がついた。少年からは生気というものを感じられない。
そこに存在するというだけで、生きている気がしないのだ。
しかし人々に視線を移したほんの一瞬、少年の目に生気が宿る。ふわりと、今までとはまったく違う笑みが浮かんだ。
まったく違うのに本当に彼女に似ていると思う。少年はゆっくりと手を上げ振った。
前を見れば若葉色のマントを羽織った、黒髪の、おそらく少年が両手いっぱいに本を抱えていた。手を振り返そうとしたのか何とか片手を空けようとしているがあの量では無理だろう。
「あー、まったく限度を知らない子だなぁ……」
呆れたような声だが声には甘さが交じる。子供に対する親のようだ。
「ごめんね、私から言ったのに」
「いえ、そんなことは……」
「これはお礼」
ジョウイの胸に林檎を三つ押し付け少年は走り出す。黒髪の少年の傍に立った少年は、黒髪の少年が手一杯に持つ本を数冊持ち上げていた。
黒髪の少年は抵抗を見せるがそれに構わず少年は歩き出してしまう。その場で戸惑いを見せていた黒髪の少年はすぐに少年を追い、走り出した。
押し付けられた林檎はとてもいいものだと分かる。赤く熟していてとても綺麗だ。
「三つか……」
そのまま食べてもおいしいだろう。リオウに渡せば手を加えてくれるかもしれない。
林檎を袋の中に入れて再び一人で街と人を眺めて始めてから少し。ジョウイは聞きなれた元気な少女の声に名を呼ばれた。


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