子1主と4主。









ラズロ。少年の名はラズロ。
遠い昔、群島を守るために海に沈んだ海神様。
ラズロ。少年の名はラズロ。
しかし少年は自分の名を知らない。



「忘れたよ」
ラズロは自分の腰の少し上あたりにある頭を撫でながら言った。
まだ小さな子供の体がラズロの手の勢いに揺れる。撫でられている少年の黒く綺麗な髪が見事なまでにぐしゃぐしゃになったがラズロは気にしない。
撫でる手が離れると少年はすぐに髪を撫で付け整える。元々癖の少ない髪は苦労も無く元通りになった。
「忘れちゃった」
ラズロは灰茶の髪を夕日で赤く染め、どこか遠いところを見るような目で少年に笑いかけた。
「自分の名前をわすれるだなんてことあるの?」
「あるよ、私は忘れてしまった」
少年が琥珀色の瞳でラズロの青い瞳を見つめながら問う。ラズロは明るく、影など無く笑いながら答えた。
ラズロの言葉に、少年は首を傾げる。
「僕はちゃんとおぼえてるよ」
「世界にはいろんな人がいるんだよ」
「あなたみたいな?」
「私みたいな」
ラズロは笑っている。少年はなぜラズロが笑っているのか分からなかった。名前を忘れたなんて、きっと悲しく辛いのに。
「おにいさん」
「なに?」
少年は今まで自分の首元を緩く絞めていたリボンを取ると、なぜかラズロの腕に巻き付け結んだ。ラズロは少年の意図が分からず、右手首に巻かれた黒いリボンを見る。
少年のネクタイ代わりになっていたリボンは意外と長く、ひらひらと風に揺れるそれは何かを思い出させた。
(そういえば昔こんなの巻いてたな……)
軍旗にもなった龍が刺繍された赤いバンダナ。
遠い昔、海に沈んだ人を思い浮かべてラズロは小さく溜息を吐いた。
その溜息に少年は少し身を小さくして首を傾げる。
「あぁ……別に君に対しての溜息じゃないから」
「……だめ?」
何が、とラズロは癖で首を傾げそうになる。
「大丈夫だよ」
何かは分からなかったがラズロは少年の頭を再び撫でる。少年は少し迷惑そうな顔をした。
「そろそろ日が沈むね」
君の保護者は君を見つけられるかな、とラズロは呟く。少年は髪を撫で付けながら絶対に見つけると言い切った。
「グレミオが僕を見つけられないわけ無い」
「そっか、ならいいんだ」
噴水に腰掛け少年を迎えに来る人を待つ。空が赤くなるにつれて昼は人で溢れかえっていた場所からも人が消えていく。
人の声と音。それさえあれば気にならなかったことが静かな今はとても気になる。
「あっ」
「え」
少年が突然立ち上がり駆け出す。ラズロが目で追えば少年が男性に抱きついていた。ふわふわとした金色の髪の優しそうな人。
(あぁ……)
誰かに似ている。
声は聞こえない。やることも無く話す二人を眺めていると少年がラズロに向かって手を振った。同時に男性が頭を下げる。
ラズロも手を振り、頭を下げた。
二人は手を繋ぎ歩いていく。もう一度振り返って手を振る少年にラズロも再び手を振り返した。
「あー……帰っちゃった、なっと」
足をぶらぶらさせながら沈んでいく日を眺める。あの人はもういない、帰ることなどない。



ラズロ。少年の名はラズロ。
遠い昔、群島を守るために海に沈んだ海神様。
ラズロ。少年の名はラズロ。
忘れてしまった、殺してしまった。
英雄など、戦いが終われば邪魔なものでしかないのだ。


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