「あ……」
「あー、降ってきましたね、結構酷い! へんひゃくものいれてきまふ!」
突然激しく降り始めた雨を見て、リオウはのんびりと頬張っていた饅頭を慌てて口の中に放り込み走り出した。
同盟軍、軍主がそんなことまでしているのかとリオウと共に饅頭を頬張っていたティルは思ったがその時すでにリオウの姿はない。曲がり角の向こうから驚いたような声が聞こえた。
「落ち着きがないな……」
ティルはリオウと違い、しっかりと噛んで味わい饅頭を飲み込む。ごちそうさまでした、と言った後にリオウが走っていった方を見てぽつりと呟く。
決して嫌なわけではない、あの真っ直ぐな意思と行動がリオウの魅力だ。
そんなところが失礼だと思う者もいるだろうし、嫌いな者もいるだろう。それでも憎めないのがリオウという人間だ。
「犬みたいだな」
犬の悪戯。迷惑をして怒ると本当にしゅん、と尻尾を垂らしてへこむ。
近い、が、リオウはそんな純粋に可愛いものではない。リオウは損得を考えている。自分がどう見られているかを理解して行動する。それが正しいと信じて疑わない。完全な確信犯だ。
「僕が怒らない、と分かってやってるからな、あれは」
一人になったティルはざーざーと音をたてて降る雨を見つめる。リオウに呼ばれ、リオウのためだけに同盟軍に来ているティルはリオウが必要としなければやることがない。
雨は嫌いだが好きだ。嫌なことを思い出すが、色々なものを流してくれる。
「あれティル? リオウは?」
珍しくばたばたと走る気配。いつもならば足音などしない気配だ。
「貴方もか……」
両手に洗濯物を抱え頭の上に器用に小さな籠をひとつ。
呆れたように溜息を吐いたティルを見て、ラズロが首を傾げた拍子にその頭の上の籠が落ちそうになる。ラズロは慌てて首を戻した。
「何かおかしい?」
「いや、もう過去のこととはいえ軍主がなにやってるのかなと思って」
「普通じゃない?」
「普通軍主は雨に慌てて洗濯物を取り込んだりしない」
「……そういえばよく言われた」
本当によく分からない人だとティルはもう一つ溜息を吐く。物腰やわらかな綺麗な顔の青年。家事をよく手伝う彼は同盟軍で女性に人気だ。彼の性格を知っているティルはどこがいいのか分かるようで分からない。
「えっと、これティルのね」
ティルは長いときは数週間同盟軍で生活する。もちろん服も着替える。
そのため目の前でにこにこと笑うラズロから綺麗に洗濯された服や、下着を受け取っても別に何もおかしくはないのだが、思わず顔が歪む。ティルは正直ラズロが好きではない。
「ありがとう」
しかしティルは育ちの良さからほぼ反射的に感謝の気持ちを伝える。ラズロはそれを感じ取り、思わず吹き出しそうになって堪えた。
「……なんでテッドはこの人についていこうと思ったんだろうな」
「ごめんごめん、辛気臭い顔してたからからかいたくなった、テッドと君が親友になったのは分かる気がするな」
にこにこと、頭の上に小さな籠を乗せて。両手には洗濯物。
「……何となくテッドが貴方についていったのか分かるのが悔しい」
本当に悔しそうな顔でティルは言葉を吐き出す。今度こそ本当にラズロは吹き出した。
頭の上に乗せた籠がぐらりと揺れる。それでも籠は落ちなかった。
「あっぶない、落とすところだった」
「それ、何?」
「ティルにあげるよ」
微かに屈んだラズロの頭から籠を取る。中には何かが綺麗な布で包まれていた。布を開いて覗いた中身は饅頭とパン。まだあたたかいようだ。
「……さっき食べたばっかり」
「うん、知っている」
「やっぱり分からない……」
そんなティルの言葉、聞いていないというようにラズロは空を見る。
「早くおひさま、でないかな」
全て見透かすような青の目で。洗濯物が乾かせないからと笑うラズロに、分からない、とティルはもう一度呟いた。


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