「ビッキー飛ばしてくれ」
「えっと、どこに飛ぶの?」
「無人島、ビッキーも一緒に」
船の中、大きな鏡の前でビッキーの手をラズロが握る。
階段からは慌てたような、ばたばたとした数人分の足音が聞こえた。
「無人島には誰も近付けるな」
ラズロは背後、宿星名簿の前に立つ男性に向かって一言軍主として命令する。男性は突然階段を駆け上がってきて少女の手を握り、突然命令してきた軍主にびくりと肩を震わせた。
「ビッキー」
「うん? えーい!」
急かすようなラズロの声に、分かっているのか分かっていないのか、おそらく大部分を理解していないと思われる返答が返る。
ビッキーはただいつも通り杖を振り、いつも通りラズロの姿が消える。今日はビッキーも一緒だが。
少し遅れて船全体にぐにゃりとした圧力が掛かる。船も転移したのだろう。
それとほぼ同時に階段から数人飛び出してきた。
「……逃げられた……!」
この船ではお馴染みの海賊二人、なぜかもう一人、暑そうな青い上着を着た少年。
「どこ飛んだか分かるか!?」
「……」
「待てハーヴェイ、それは外に出れば分かることだ」
「……人を勝手に引き摺りまわしておいて良い度胸だな」
一番不幸なのは、何も知らずいつの間にか巻き込まれた気弱な男性であったことだけは間違いない。



ふっ、と重力が無くなる感覚。次に足の裏に感じたのは砂の感触。
「ビッキー」
「何ですか?」
「少し歩くよ、良い?」
不思議そうな顔で無言でビッキーは頷く。それを見てラズロは歩き出した。
砂浜には二人分の足跡。波を被る場所の足跡はすぐに消えてしまう。
「ごめんね巻き込んで」
「いいえ、何かあったんですか?」
小さな笑みを浮かべて聞いてくる純粋な瞳に、ラズロも笑みを浮かべた。
「なんかね、裏切られた気分になっちゃって」
俺の被害妄想なんだけど、と穏やかな笑顔は苦笑いに消える。ビッキーは首を傾げた。
「何があったんですか?」
何が。ラズロのラズロらしくない状態に、普段からふわふわしていて何を考えているのか分からないビッキーも何か感じ取ったようだ。
「実はこれ言っちゃまずいんだよね」
「ならいいです」
あっさりと、本当にそれならいいといった顔でビッキーは言う。ラズロはさらに苦笑いを深めた。
「ビッキーにはかなわないな」
次元が違う気がすると呟いたラズロの声は確かにビッキーの耳に届いたはずだ。が、ビッキーは何も分かっていないよう顔で、いつも通りただ首を傾げただけだった。
だから連れてきたんだけど、続けて呟かれたラズロの言葉には、はい? となんとも言えない返事を返してくれた。
しばらくの沈黙の後、ついにラズロは吹き出した。
「っ……! ビッキーやっぱり最高……!」
「最高、ですか?」
「うん最高、イラついてへこんでたのが嘘みたいだ」
ラズロはハンカチを取り出して手ごろな石の上に敷く。そこにビッキーを導いて座らせた。
目の前には、赤くなってきた空と青い海が見える。
ラズロも適当な石に腰を下ろした。
「元気出ました?」
「うん、あとはお迎えが来れば完璧だね」
どうせあの命令は無視されるだろうと想像する。守られるとは微塵も思わない。
「俺はね、大切だよ」
「はい」
「皆がいるから、俺は戦える、怖いけど怖くない」
だからあの時、ぞっと体が冷える感覚がしたのだ。
懺悔室であの海賊が放った言葉が突き刺さった。
「私もですか?」
「ビッキーいなきゃまともに交易できないよ」
「ありがとうございます?」
「うん、いつもありがとう」
それは怒りだった。ラズロは海賊を差別したことはないはずなのに。たしかに海賊には痛い思い出も多いが、普通の人間より親しいくらいではないだろうか。
「……キカさんは何も言わなかった」
「でしょうね」
「……ビッキー、本当はなんか分かってる?」
「? はい?」
ラズロは苦笑いを浮かべる、先程よりもやわらかいものだ。

「早くお迎え、来ないかな」
来ると信じて疑わない。ただ不機嫌そうな蜂蜜色の髪の少年が一緒だったのにはさすがのラズロも驚いた。
しかし、自分の居場所を知るにはこの少年が一番だと理解し、それを口に出した途端少年に怒鳴られる。
無人島の砂浜で漫才を始めたラズロとテッドを見て、シグルドとハーヴェイは何とも言えない苦虫を潰したような顔をして。ビッキーはただいつも通りに笑っていた。










シグルドの懺悔室見てない人すみませんなネタ。あれは地味に傷ついた。

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