「寝なよ軍主」
「少し付き合ってくれてもいいだろう天間星、どうせ最後なんだ」
スカーフのようにトレードマークのバンダナを首に巻きティルは手を振る。ルックは不快だという態度を崩さなかった。
そんなことは気にしないと石造りの窓の上に飛び乗りティルは腰を下ろす。足は窓の外へと放り出した。
「明日終わるな」
「一日で終わらせるつもり?」
どんなに不快だという顔をしていても逆らわない。軍主の顔をしている時は。それを知っていてティルは笑う。
「ああ、一日だ、叩き潰す」
薄情だね、と吐き出された言葉にティルは頷く。その通りだと。
「グレミオが死んで、パーンが死んで、父が死んだ、私は私が望んだままに進んだ、後悔などない」
「別に逃げない、気持ち悪いからそれ、止めなよ」
「……僕はね、本当は泣きたくて仕方なかったんだ」
少し緊張した様子で赤月帝国の任務をしていたティルは、ルックの記憶に残っている。昔というほど前ではない。
その隣には、今はティルの右手に宿る死神の元主がいた。
「僕みたいな子供じゃなくてもっと他の奴に言えば?」
「僕を軍主やリーダーとして見てる人じゃ駄目なんだ、クレオも駄目」
君は僕に従う気はないみたいだしと言われルックは眉間に皺を増やした。
「それ嫌味?」
「まさか、ね、ルックは戦いが終わったらどうするの?」
「レックナート様のところに帰るよ」
そう、と自分で聞いておきながらまるで興味がないという返事。
ルックは何か言ってやろうと口を開いて、止めた。
「僕は……テッドを、追おうと思う」
死んだ人間を追うなんて、何を言っているんだ、とは言わない。ティルが今にも泣きそうな目で遠くを見ていたから。
「勝手にすれば」
国を潰して、一人逃げるのかとも言わない。元々、ティルは背負いすぎている。
明日、ティルは国を潰したという重みを全て背負って一人、旅に出る。その重みを理解し、その傷を癒してくれるかもしれないものを目指して。
「後始末よろしく」
「よろしくされないよ、逃げる」
けらけらと笑うティルの目はいつもと同じだ。ただ軍主としての色がない、いたずらっ子のような年相応の目。
「寂しくなったら遊び行っていい?」
「勝手にすれば」
「勝手にするさ」
徐々にただの少年が軍主になる、気配、雰囲気。瞳。

「ティル様ー! ティル様ー!?」

「呼んでるよ」
「ああ、私はそろそろ戻る」
勝手に来たんじゃないかとルックが言えば、ティルは軍主の顔で笑う。
漆黒の髪に王者の瞳。背中には黒の棍。
「似合わないからさっさと止めなよ、それ」
「努力する」
完璧な、理想的軍主の姿だ。まだ二十にもならない子供だという事実を感じさせない。
「嘘つき」
泣きたい時に泣ける人間だって軍主になれる。ティルは強い人間だ。少し、こっそりと泣いたくらいでは誰も責めはしないだろうに。
「さっさと終わればいいのに」
帰ったら、久しぶりに師の好きな料理でも作って色々話そうか。


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