竜宮島で、衣服などは貴重な資源だ。一騎たちがその意味を正しく理解していなかった頃はこっそりと親達が、今は子供たちも不要となった衣服は率先してリサイクルへと提供している。
 不要といっても、破れたり汚れたりして服として使用できない状態から、クリーニングすればまだ着られるようなもの。他には、体格に合わなくなってしまったからといった理由で、綺麗な状態でリサイクルに出されるものもある。今回総士や一騎が回収へと持ち寄ったのはその類いだ。

「総士の服きれいだなー」

 リサイクルに出す前に、古着を気にしない性格で、着られそうな服があれば譲り受ける。島民全員が大体知り合いの竜宮島らしい交換会だ。総士の服を広げた剣司が「きれい」と発言したので、自然と集まった人間の視線が移る。

「少なくとも二年は収納の肥やしになっていたからな」
「もう着れねーの?」
「少しきつい。暫くアルヴィスの制服しか着ていなかったから気付かなかった」
「ふーん……俺も結構伸びたからなあ……、あっ、一騎なら細いし着れんじゃね?」

 しっかし懐かしいなー、と総士の服を広げる剣司の声に、名前を出された一騎が二人の下へと寄ってくる。どうやら五つほど年下の後輩に衣服を譲る相談をしていたらしい。一騎から何枚か服を譲り受け、頭を下げているのは御門やの息子の零央か。何やら友人たちと合流して、緊張したーなどと発言している。昔ほどではないが、今も体力お化けの元エースパイロットである一騎に憧れを抱く男子は意外と多い。憧れの先輩から古着とかもらって嬉しいか? と、剣司は思わなくもないが、話すきっかけと思えば安い理由になる。

「お前御門やさんちの子と仲良かったか?」
「んっ? いや、なんか、良くしてもらってる」
「お前の方が?」

 一騎の言うことは相変わらずよく分からない。剣司はそっかー、と穏やかに受け流したが、総士は何やら一騎に追求を始めている。後輩に世話になっているとはどういうことだ僕たち先輩は。と、もはや慣れた不器用な責任感や優しさに溢れた話が続きそうだったので、剣司は一騎に総士の服を押し付けた。
 黒い色が基調の、いわゆるノースリーブの海兵服デザインのそれを見て、一騎は少し嬉しそうに瞳を細めた。

「懐かしいな」
「だろー」
「確かにきれいだけど……着られるかな、俺も総士とそんなに身長とか変わらないぞ」
「着られるなら着るつもりか」
「そういう意図もある集まりだろ、これ」

 今回の会場は学校の体育館だ。日時は主に学生の休日である日曜の昼過ぎ。一応、一騎が言う通り交換会の意図もある集まりなので、簡易な更衣室も用意されている。更衣室という名の備品室、と言ってはいけない。なお、女子には教室が一室解放されている。

「総士も、着られる服あれば、これよりゆとりある服が多いし、寝間着くらいにはなるんじゃないか」

 総士の服を胸に抱えながら、一騎が言う。同い年で古着を交換し合うというのは心情的に微妙だな、と総士は考えた。おそらく剣司も、実際に自分が総士から服を譲り受けるとなったら複雑な顔をしただろう。一騎はそのようなこと気にしていないらしいが。
 一騎と総士、二人で並んで備品室に入る。先客はいない、大半の人間は着られると確信のある服しか譲り受けないため、男性側では女性ほど更衣室に需要はない。体育の授業の時以来だな、と総士と並んで着替えながら一騎は考えた。

「待て一騎、それはこれもセットだ」
「えっ、ああ。うん」

 横からそっと差し出されたものが一瞬何であるのか、一騎には分からなかった。セットとは言われたが使用用途に悩んでいると、さっさと着替えた総士が一騎の背後に回る。見たことあるけど、これ、なんだ。腕輪か? なんて考えていた一騎の手から自分が渡したそれを奪い取り、総士は手際よく一騎の首へと巻いてやった。もたらされた締め付けに、一騎は少し呻いた。


――。


「……似合わねえなあ」

 着られるんじゃないか。と言ったのは剣司だというのに、感想は身も蓋もない。

「適材適所っていう言葉が身に沁みるぜ……」

 総士は、なんというべきか。一騎が言った通り、総士が着た明るい色合いのTシャツは、まさに寝間着。一騎が着ていた時は年相応、活発に見えたのだろうそれも、総士の落ち着きと合わせると完全に休日に息を抜きまくっている学生である。色は明るいのに、はっきり言ってしまえば地味だ。
 一騎のこの妙な違和感は、きっと見慣れないせいであろう。剣司は直接総士本人に言ったことはなかったが、海兵服デザインというよりはちょっと間違っちゃったバンドマンみたいな服だな、といま一騎が着ている服を見て密かに考えていた。

「なあ、この首輪ってさ」
「チョーカーだ」
「首輪ってさ、必要なのか?」
「チョーカーだ!」

 ひどいな、これ。自分で話を振っておきながら、剣司は思った。おそらく、根本的に服の趣味が異なる二人なのだろう。そう考えると、大体は誰にでも似合うアルヴィスの制服などはすごいなと考えた。

「僕は大人と接する機会が多かったからな、服には気を遣っていた」
「はっ?」

 一騎へと服装のコンセプトを淡々と語り、説き伏せようとしていた総士の声が体育館に響く。その中の一言に、剣司は思わず反応してしまった。
 ――僕は大人と接する機会が多かったからな、服には気を遣っていた。――なんだと?
 剣司は、総士の他の私服を思い出す。水色ボーダーのTシャツに、白色のロングパーカー。……まあ、常にタンクトップと言っても過言ではない溝口などもいるくらいだ、まあ、許されるだろう。しかし……、

「首輪はないんじゃないか、総士」
「ちょ、おま、一騎!!」

 お前正直すぎるだろう! とまでは、剣司も叫ぶことを耐えられた。そしてなんとなく、総士は自分達から見れば結構大人びていたが、大人達からは微笑ましい目で見られていたのかもしれない、と思う。頑張って、でも少しおかしな背伸びをするかわいい子供。
 総士が、むっとするように眉を寄せた。年相応に子供っぽい。一騎がそんな総士を見て、嬉しそうな顔をしたのを剣司は見逃せなかった。

「……あ、あー、あれじゃね? 鏑木とかは、似合うんじゃないか、こういう服」

 総士へのフォローのように、一騎が着ている服を軽く引っ張って剣司は言う。一騎は人物がぱっと出てこなかったのか難しそうな顔をしたが、総士はすぐに「鏑木か」と答えた。さすがである。
 しかし将来、鏑木が総士と似たようなセンスの服を着てきたとして、はたして自分は色々と耐えられるのだろうか。大人として、微笑ましい目で見てやれるのか。総士を思い出して大惨事になったりするんじゃないだろうか。
 やっぱり俺でも少しきついなとのんきに言う一騎と、前向きに検討しよう、と、鏑木彗に声をかけに行く総士を見て、剣司は自身の将来を少し憂いた。
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