真壁一騎というアイドルは仕事に制限がある。
 しかしその制限というのは「賞金やいわゆるご褒美が出る運動系企画への参加お断り」というものだけで、むしろサバイバル系の企画には引っ張りだこの売れっ子だ。相方の皆城総士に負担をかけるため、ソロでの仕事が多くはなるが、真壁一騎としての活動の殆どが類い稀なる運動神経を活かしたものに集中している。
 時にはあっさりフルマラソンの距離を走りきり「感動も何もあったもんじゃない」と理不尽な批判を受けることもあった。だが、一騎が大体のことをさらりとやってのける姿は、特撮ヒーロー的な人気を得ている。実際、近年人気特撮ヒーロー物の主役へと抜擢された。生身で多くのアクションが可能な点は強みだ。普通ならばアイドルにやらせないようなことも事務所から許可が出てしまうのだから一騎の力量は推して知るべしである。

「で、お前はいったい何を交換条件に出したんだ」

 その日、事務所の一角で机を挟んで一騎と顔を突き合わせた皆城総士は、開口一番にそう言った。机の上には一通の手紙――書類封筒が置かれている。

「……言っちゃだめって契約だから、言わない」
「言っておくが、僕はアクロバティックな動作を要求される運動は苦手だぞ。多少泳ぎには自信があるが、それだってお前には劣る」
「別に運動ができないわけじゃないし、皆城は頭が良いからいいじゃないか」

 一騎の物言いに、総士は少し呆れたような仕草を見せた。間違ったことは言っていないが、今はそういう話をしていたのではないと考えているのだろう。しかし今回は一騎も故意だ、なんとか頭の良い相方を言いくるめて話をうやむやにしてしまわなければならない。
 一騎の相方である皆城総士は運動神経が悪いわけではない。運動神経よりも知的な頭脳が優れているだけで、運動だってできる方に分類されるであろう。
 一騎が海で素潜りをして夕飯の材料を得ている裏で、総士はクイズ番組で正しく実力を発揮している。真壁一騎と皆城総士のコンビで構成されるアイドルユニット、ザルヴァートルはわりと普段からそのようなソロでの活動が多かった。
 ――それはもはや個人活動なのでは? という意見もあったが、一騎も総士も必ず「ザルヴァートルの」と頭につけて名前を名乗る。相方は不在でも、どこにいたって二人はザルヴァートルだった。
 互いの仕事に文句を言うことはほぼない。どこにいても相方との繋がりを意識しているくせに、意外と放任だ。相手のことを信頼しているから、とでもいえば聞こえは良いのかもしれないが、実情はそれほど甘いものではない。相方にフラれたくなくて必死なのだ、互いに。
 そんな関係性の中で、めずらしく総士が一騎の受けた仕事に関して苦言を呈した。

「そもそも、お前はこういった番組には出演を断られているだろう!!」

 一騎は、何故アイドルになったのかと疑いを持たれるほどに体を動かすことに関して万能だ。頭ひとつどころか二つ三つは周囲から抜き出ている。故に、他人とそれを競い合うような企画には不向きだった。真面目にやればやるほど八百長染みてしまう。
 さすがに、素の跳躍にワイヤーの仕込みを疑われていた時には、思わず総士も笑ってしまったのだが。
 総士が今回めずらしく文句を言っている「こういった番組」というのは、ぶっつけ本番生放送が売りのチャレンジ企画系番組だ。大体はその回のメインの出演者――挑戦する人間に合わせた企画が用意される。そしてチャレンジに成功すると、挑戦者が望んだ商品が与えられるシステムだ。
 皆城総士がメイン! なんて話なら、どこまで並列して物事を処理できるか。みたいな企画内容になるのではないかと一騎は推測している。
 総士が困惑して一騎にぶつかるような真似をしている理由を、そのチャレンジ企画への挑戦者である一騎はよく理解していた。

「何故ザルヴァートル二人での出演なんだ!? 企画内容はお前に合わせられている、正気の沙汰じゃないぞ!! そもそも人間が可能なのかこれは!!!」

 総士は迫真の演技で机を叩いて見せる。そばを通りすぎていく他の事務所メンバーは、ザルヴァートルがなんかやってるよくらいの視線を向けはするが何も言ってはこない。一騎と話し合いをすると事前に総士が根回しをしたためだ。誰も一騎の味方になってはくれない。
 一騎は、確認のために送られてきた企画内容を見て、これならやれるなと確信したから仕事を受けたのだ。可能だ、不可能ではない。
 問題は、今回は総士にどうしても現場に来てもらわねばならなかったので、事務所には相談したものの一騎が勝手にソロではなくコンビで仕事を入れてしまったことか。当たり前だが総士にもある程度の詳細な情報が届いてしまった。
 誤解は解きたい。「別に皆城もやらされるわけじゃないから大丈夫だ」と言ってしまって、総士の不安を解消してやりたい。しかし、まだ一騎は話すわけにはいかない。そういう契約内容なのだ。

「ザルヴァートル二人って……ソロでも、ザルヴァートルだろ、俺たち」
「いや、そうだが」

 しどろもどろな皆城総士を見て、少し一騎は面白くなってきた。総士がアドリブなどに弱く不器用なことは知っているが、大体はそつなくこなしてしまうのでこういった姿を見られるのは貴重だ。俳優としての総士はいつも完璧な姿しか液晶には映さない。

「……僕たちは、二人で、どこにいようとザルヴァートルだ」
「なら信じてくれ、総士の嫌なことはしない」

 昔、道を違えてしまう前に呼んでいたように名前を呼んで、一騎は総士を見た。信じてほしいと言葉を訴えかけるように。
 一騎の視線を受けた総士は、それまでの焦りや混乱を嘘のように身の内に押し込め、いつもと変わらぬ表情を作る。さすが皆城総士だ、一度自分の役を理解したのなら動じない。

「……わかった。信じるぞ、一騎」
「ああ、総士」

 すっと瞳を細めて言った相方に、一騎は自信に満ちた瞳で頷き答える。総士に不利益はない、大丈夫。

 ――まあ、実際に最後までそう信じきっていたのは、一騎だけであったのだが。





≪さあ始まりましたぶっつけ本番生放送企画に挑戦だ!! 今回の挑戦者はアイドルユニット、ザルヴァートルの真壁一騎!! 人並外れた身体能力を持つ彼の前に立ちはだかるのは子供と大人が混ざって遊ぶのとはわけが違う地獄のアスレチック!!!

 お約束ですが、チャレンジの前に真壁一騎さんへの賞品を紹介します。今回真壁一騎さんがほしいとおっしゃられたものはずばり「時間」です!! 地獄のアスレチックをクリアした後の残りの放送時間、全てがザルヴァートルの片割れである皆城総士さん主演の新ドラマの宣伝に使用可能となります!!

 ちなみに皆城総士さんも現場におられますが商品の関係で真壁一騎さんがアスレチックをクリアするまでカメラで撮せませーん! 真壁さん頑張ってください!!≫
「任せろ総士、すぐにクリアするから」

 現場に、解説を担当するアナウンサー兼アイドルである堂馬広登の声と、元気よく自信満々に答える一騎の声がマイクを通して響き渡る。
 皆城は、「これは生放送だ」と思ったが、思ったからこそ、叫ばずにはいられなかった。

≪聞いてないぞ!?≫

 皆城さんマイク拾っちゃいましたよーなんてスタッフの声もマイクが拾う。もうぐたぐたである、総士に知る術はないが、実況掲示板なんてものも大賑わいだ。

 ――結果的に、地獄を十分程度の時間であっさりと抜け出した優秀な相方のせいで、皆城は得意の並列思考もまともに働かず、それでもポイントは押さえた的確な番宣を行った。隣に、にこにこと貴重な満面の笑みを浮かべた一騎を携えて。
 総士の必死の番宣と、妙に楽しそうな一騎のやり取りに「ザルヴァートルが面白すぎて話が頭に入ってこない」なんて、ネット上の掲示板には書き込まれていたのだが。
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