※帝人×青葉。帝人様が暴走電波、青葉が女子用スク水。
帝人攻めチャットからその二。










 特に何とも思わないのは何故だろうと考える。見た目は女の子なんだけどなあ、本当に何でだろう、と帝人はいきなりプールに突き落とされ唖然としている後輩を見て思った。
「……帝人先輩?」
「何?」
「僕は何でプールに突き落とされたんでしょうか」
「僕が非日常を求めた結果、かな」
「そうですか」
「貸し切りだし、泳げば? まあ事が起きる前に逃げなきゃいけないけどまだ時間あるし」
「貸し切り、ですか」
 不穏な台詞に何も知らされていない青葉は納得いかないと眉間に皺を寄せるが帝人は微笑むばかりだ。どこかで見たことがあるファー付きの黒いコートを身に纏って帝人はプールサイドに立っていた。
 折原臨也の影を感じた青葉は今すぐこの場から立ち去りたかったが帝人を置いていくわけにはいかない。微笑む帝人を見て、事が起きる前には逃げると言ったのだから大丈夫だろうと青葉は心の中で溜息を吐いた。
 それに、こんな格好ではすぐに立ち去るなんてできないのだから。借りた相手が相手なだけに、随分余っている胸囲の布を引っ張ると水着と肌に張りついていた水が滴り落ちた。
「ぶかぶかだね」
「クルリのですから、マイルのならまだマシだったかもしれません」
「青葉君は女の子じゃないんだから一緒じゃないかな……」
 女子用スクール水着。声さえ出さなければ完全に小学生高学年くらいの女の子に見える青葉の姿は帝人を感動させる。骨格がまだしっかり成長していないのか骨張っているということもない。近くで見ると喧嘩をするだけあって手だけは少女とは言えないが遠くから見る分には十分だろうと帝人は満足そうな笑みを浮かべた。
「まーそうですけど、でも帝人先輩どうです? 僕可愛いでしょ?」
「うん、本当に女の子みたいだ」
「帝人先輩こういうの好きですか」
「うーん……よく分からないな、女の子の水着姿、というよりも男の後輩が女子用スクール水着ってほうに惹かれるというか」
「物好きですね、先輩変態すぎませんか」
 そうじゃないんだけど。そう言って帝人はどう表現したものかと首を傾げる。
 そうして悩む帝人に青葉はおそらく正解であろう言葉を与えるかどうか悩む。その言葉は考えれば考えるほど異常だからだ。
「きっと帝人先輩は非日常に惹かれてるんですね」
 考えた中で一番やわらかい言葉を選ぶ。さすがに、きっと帝人先輩は女性とかじゃなくて非日常に欲情してるんですねとは言えなかった。だが青葉の言葉は正解に最も近いだろう。しかしまだ何か引っ掛かっているらしい帝人はうー、や、あー、など気の抜けるような声を出した。
「でも、青葉君の姿は確かに非日常なんだけど惹かれないんだよね」
「?」
「似合ってちゃ駄目なのかも、似合わない方が面白い! ……みたいな感じなの、かな……?」
「僕に聞かれても」
 そもそも、そんなこと本気で悩んだって仕方がない。非日常と日常なんて、境などなく隣り合っているものを深く考えても明確な答えなど出るはずがない。それは人によって違うものだし、常に変化するものだからだ。
 青葉に女子用のスクール水着を着せようと思った時、きっと帝人は非日常に心を踊らせていたのだろう。しかし普通に似合っていた、それだけで帝人の中でそれは非日常ではなくなってしまった。本当に一瞬で。
 相変わらずな人。青葉はぼんやりと水に浮かびながら思う。普段は水泳教室などに使われているであろう広いプールに一人浮かぶのはなかなか気持ちが良かった。
 帝人は笑っているのだろうか。フードに隠された顔は少し離れただけで口元しか見えなくなってしまう。
「帝人先輩、室内でフードはどうかと思いますよ」
 口元しか見えない。口は笑っている。
「……ごめん青葉君、意外と早かったみたい」
 携帯の画面に目を通した帝人が笑ったままの口で言う。ただ淡々と。
 抵抗する気など元からないが、帝人の声は抵抗する気を奪う声だ、人から力を奪う声。そう青葉は思っている。そうなるように躾けられた。その声に逆らわないようにと。

 潜って壁まで泳ぎ、プールの縁に手をかけ一気に体を持ち上げる。長時間というわけでもなかったがそれなりの時間水の中にいた体は重い。
 ぺたりと水着が張りつき、男なのだから当たり前なのだが女子用スクール水着だと色々な部分が危うかった。
 別に男同士気にすることでもないかもしれないが帝人に醜態を曝すわけにはいかない。取り敢えずくい込みを直そうと水着と肌の間に指を入れる。何故か帝人は青葉のその行動に興味深そうな視線を向けていた。
 普段使う男性用とは違い少し引っ張ると妙な感じに空気が入り込む。太股を伝い落ちていく水滴を見て、女はこれが普通なんだよなと青葉はどうでもいいことを考える。
 それじゃあ着替えてきます、と帝人に伝えるつもりで顔を上げた青葉だった今まで立っていた場所に帝人の姿がない。気配もなく消えた帝人。予想外の出来事に心臓が嫌な音をたてる、が。
「青葉君! 目閉じて!」
「帝人せっ、!?」
 突然消えた帝人のとても楽しそうな声が背後から聞こえた。だから振り返った。この数秒の青葉の動きはそれだけで表せる。目を閉じろという命令に咄嗟に反応できたのは帝人の躾の賜物と言えるだろう。
 ばしゃり、と顔に体に何か液体がかけられたのは分かった。
 おそるおそる。青葉が瞼を上げると分かりやすくご機嫌ですという表情を浮かべた帝人が、青いバケツを持って立っている。自分には被害がない程度の距離を保って。
(なんだ、これ)
 いつもの戯れ。青葉の脳は一瞬で帝人の行動に正しい答えを出すが、水よりも重たい、粘度が高いような液体の名前に答えは出せなかった。
 胸の辺りを撫でると微かに液体は糸を引く。透明で無臭。青葉の脳は健全な男子高校生としては正しい答えを導きだしたがそんなはずはないと次の可能性を考える。
「……帝人先輩、なんですかこれ」
「ローションだよ? 水で薄めてあるけど……あ、化粧品の方のローションじゃないけど」
「いや、ローションだよ、って先輩……」
 言いたいことはあったが、満足そうな帝人を見ると何も言う気がなくなる。
 帝人は歪んでいたし時に大胆だが基本的に常識的だ。何かのスイッチが入った時だって全てが吹っ飛んでいるわけではない。しかしきっと何故帝人が自分にローションをぶっかけたのかなんて。帝人の考えることなんて理解できないだろうと青葉は思った。
「誰に貰ったんですか」
「通販とか考えない?」
「買いませんよ、僕の帝人先輩は」
「青葉君の僕?」
「僕は痛いの、嫌いじゃないですから」
 誰に貰ったか。帝人を見れば簡単に分かる。ファー付きの黒いコートと共に渡されたのだろう。今この時も進んでいるであろう計画に、協力すると首を縦に振るのに帝人が折原臨也に要求したことが何かは知らないが八つ当りもいいところである。
 もちろん僕も言うけど青葉君からも折原さんにありがとうございましたって言っておいてね。そう言って渡された体操服から帝人が臨也にしたことを想像して青葉は内心笑った。そして次の瞬間自分も同級生の少女に礼を言わなければいけない理由を突き付けられてさらに笑った。体操服と一緒に借りさせたスクール水着はそのためだったのかと。

「青葉君」
「何ですか先輩」
 愉快な気分だった。理由は不鮮明だが、青葉は確かに愉快な気分だった。帝人は優しく微笑んでいるが、目はあの時、青葉の手にボールペンを振り下ろしたときと同じ目をしていた。
「嘘は駄目だよ」
「嘘ですか?」
「君は痛いのが嫌いじゃないわけないよね」
「痛いのは本当に嫌いじゃないですよ?」
 可愛らしく首を傾げて微笑む青葉に帝人も微笑む。違うよと放たれた声は帝人のものとは思えないほど冷えきっていた。

「青葉君は痛いのが、好きなんでしょう?」

 伸びてきた手から逃げる手段を青葉は持たない。そう躾けられたから。
 脇腹に触れた手はぎりぎりと爪を立てる。僕に嘘ついちゃ嫌だよ? そう帝人は笑顔のまま青葉に言い聞かせるように呟いた。
「みか、ど、せんぱい」
 帝人から与えられているのは痛みだというのに、青葉の口から漏れ出た声は甘ったるい。爪を立てられた部分が痛みからか熱かった。
 手が離れると同時に帝人が言った、着替えておいで、ちゃんとローション、シャワーで落としてきてね。の声に青葉は残念そうな表情になる。その表情を見て帝人は冷たい視線を青葉に向けた。そして冷たい視線に再び瞳の輝きを取り戻した青葉に帝人は溜息を吐く。
「青葉君僕のこと変態だって言ったけどそう言う君もかなりの変態だよね、ああそうだ、何が聞こえても、ちゃんと着替えるまで出てきちゃ駄目だよ」
「帝人先輩の躾のせいですよ」
「君には元からそういう気があったとしか思えないよ……」
 帝人と会話をしながらも青葉は命令を実行するため脱衣場に続く扉に足を進める。ぬるつく液体が体を伝い床に落ちるがどうせ誰かがどうにかするだろうと気にしないことにした。
「帝人先輩はどうするんですか?」
「僕? 僕はまだここにいるよ、一人になったところを見せてあげなきゃいけないし」
「そうですか、その後はどうします?」
「うーん、ちょっと会いたい人がいるんだけど」
「ご両親ですか?」
 今、二人がいる場所は池袋ではなく東京ですらない。現在地が帝人の実家がある埼玉であることから青葉はそう言ったのだが帝人は困った顔で笑ったように見えた。フードが邪魔で、表情が見えない。
「君達の飼い主として、やっぱりちゃんと謝罪しないといけないなと思って」
「そうですか、分かりました」
 先に帰れって言われるんだろうな。数十分後の会話を想像して、青葉は苛ついたように脱衣場への扉を開いた。











次回、閑話。

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