「七十二点」

 これはまた具体的な数字を。と、士郎は目の前でマフィンを頬張る友人に言った。しかしまあまあ、そこそこ、という返事しか貰えなかった過去と比べるとこれは良い変化だ。
 どうせならば友人の味覚の好みを探っておこうと士郎は考え、そんな士郎の内情を察した友人――慎二は、微かに眉間に皺を寄せた。
 そうして、菓子なら桜が作る方が美味い。と呟く。

「むっ、そうか、やっぱりこの系統は桜に負けるな」
「何か誤解をしているようだから訂正しておくと、桜のだってそう美味いわけじゃない。桜と衛宮のを比べた時の話だよ」

 不本意だとでも言いたげな表情で答えながら、合間にマフィンを頬張ることは止めない。毎年微妙な評価をしながらも貰ってやると偉そうに言って、捨てるようなことはしない。そういう所が良い友人なのだと思いながら士郎は言葉を飲み込んだ。気難しい友人の機嫌を損ねてはいけない。今日は感謝のバレンタインデーなのだ。

「桜は随分上手いと思うけど」
「ははっ、衛宮の立場も危ないんじゃない?」

 そうなのだ。桜は材料が足りないなど突然のミスに応用できない面もあるが、日に日にその腕前を確かなものとしている。そろそろ免許皆伝をあげなければいけない時期だ。

「あいつ楽しそうだし、まだ暫くは使ってやれよ」
「また桜を物みたいに」
「物みたいに簡単にお前にやれたらよかったんだけどな、生き物はそうはいかないから困るよ」

 その言葉に込められた意味が、現在と過去では異なる。それは士郎も理解していることだ。それでも、分からないことは直接問うしかない。士郎は遠回りのできない、我慢のできない者なのだ。

「……桜と家の事、まだ気にしてるのか?」

 隠すことをしない士郎の問いに、慎二は表情を消した。冷めた視線が宙を泳ぎ、思考の末、慎二は口を開く。

「……桜にくれてやるよ、どじでのろまで泣いてばっかの奴だから逃げ出すかもしれないけどね」
「桜は、もう逃げないよ」

 そう、自信を持って答えた瞬間、士郎の思考にノイズが走る。
 そんな小さな違和感は、慎二の呼ぶ声ですぐに消えてしまった。

「さて、一応ごちそうさまでした」
「お粗末様」

 屋上から見上げた空は青く晴れ渡っていた。目に痛いほどの青、何故自分達はバレンタインだからと菓子を食べるために屋上にいるのだろう。消えたはずの疑問がまた顔を出す。士郎の中の違和感は膨れ上がるばかり。

「いつもは教室外食が多かったけど屋上ってのも結構良いな」

 ああその通りだ、彼と共に屋上で食事を取った事は少ない。では、何故、今回は、

「今年もまあまあだったよ、衛宮」

 彼が笑う。いつも通りの皮肉の籠った、しかし憑き物が落ちたかのように清々しい笑顔だった。





 ――目が覚めれば、見慣れた土蔵の天井が瞳に映る。

「目が、覚める……?」

 おかしい、と考えたのは一秒にも満たない時間。おかしいのは、見ていた夢の内容だった。この世にいない友人に、過去にしていたように菓子を渡す夢。
 また妙な夢を見たものだと思う。まるであの四日間を思い出すような――はて、何だっただろう。
 日付を見れば二月十四日、感謝のバレンタインデー。先日、異様なほどに女性陣が張り切っていたので影響を受けたのだろう。しかし最後の「今年もまあまあ」とは。

「なんでさ」

 きっと友人がそれ以外に答える姿を、自分が知らないからなのだろう。
 ひとつ欠伸して、背筋を伸ばす。死んだ人間、生きる人間、今日も日々は過ぎていく。


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