突然の話になるが、言峰士郎は隣に立っていた男の腋と膝の下に手を差し入れて抱え上げ、開け放たれていた窓から外へと飛び出した。
 そこで立ち尽くしてしまうような存在は、言峰士郎から見れば残念なことだが衛宮家の住人には一人もいない。魔術の世界とは関わりの無い存在までもが厄介な方向で逃げる獲物を追うように反応するのが衛宮家という名の要塞だ。
 男を抱え上げた瞬間、というのは半分間違いで。詳細を話すならば、男に向けて今にも放たれようとしている物から男を逃がしてやろうと抱え上げた瞬間、背後から飛んできた剣を避けるように言峰士郎は衛宮家から脱出した、という事になる。

「逃がすものかッ!!」
「あー! シロウ!」

 白髪に褐色の肌の男が怒りの声を上げ、男を抱き上げた言峰士郎を含め窓から再び目標を定める――はずだったのだが。開け放たれた窓の側は、彼よりも先に柔らかな白い髪を揺らした少女が陣取ってしまった。少女は窓の外に飛び出していった言峰士郎へと声を張り上げている。現在、立場としては少女の従者である白髪の男は下手に動くことができない。たとえ少女が彼の主人でなかったとしても、少女を押し退けるようなことはできなかっただろう。

「金ぴか! シロウはわたしの弟なんだからね!!」
「何を喚いているのだ雪の子よ! 士郎は我の従者に決まっておるだろうに!!」
「エミヤの時のわたしは雪の子じゃないんだからぁ!!」
「イリヤスフィール、あまり意味の無い話をしていると言峰士郎が逃げてしまうぞ?」
「安心しろ弓兵、ギルとイリヤの会話を邪魔する気は無い」
「アーチャー威嚇射撃!」

 相変わらず身内に甘い男だと呟きながら、白髪の男――アーチャーは何もない空間に一振りの剣を生み出す。怒りに任せ、効果音を付けるならぴょこぴょこと悔しそうにその場で跳ねる少女の頭上から目標を定め、アーチャーは窓の外へとその剣を勢い良く投げた。
 普通に投げられただけとは思えない速度で目前に迫る剣。言峰士郎は金ぴかと少女に叫ばれている男を抱えたまま起用にも胸元から取り出した武器で微かに剣の軌道を反らし、後は素直に自身の身体能力を信じて剣を避ける。自分は抱えられているだけの男が、何だその程度か、とでも言いたげな自信に満ちた表情を少女に向ければ、今まで以上に大きな声で少女は叫んだ。

「金ぴかは何にもしてないのにずるいずるいずるい! わたしだってシロウにお姫様抱っことかして貰いたいのに!」
「そこにいる贋作者にでもしてもらえばよかろう? 士郎は我の物だからな」
「うぅぅ……! アーチャーにも抱っこはしてもらうけどシロウはわたしの弟よ!」
「抱え上げるのはいいが、別にあの未熟者と違い片腕で抱え上げてしまってもかまわんのだろう?」

 俺だってイリヤなら片手で抱え上げられるぞという言葉を無視してアーチャーは少女を左手で抱え上げた。
 抱え上げられた少女は満足そうにアーチャーの頭に顔を寄せて微笑む。が、すぐにその笑顔は凍りつく。

「い、いやああああ!! 金ぴかわたしの弟に何してるのよやめなさいよ!!!」

 少女の悲痛な叫び声は言峰士郎と唇を重ねる男へと向けられていた。腕の中に抱えた男からの口付けを、言峰士郎は感情の見えない表情のままで受けている。叫ばれた願いの通りに唇が離れると、間に存在していた短い唾液の糸が切れた。

「何をしているのか、だと? 分からぬのか、ああ……貴様はまだ子供であったなぁ? もう少し手加減してやるべきだったか」
「……っ!! もう許さないんだからぁ!! やっちゃえアーチャー!」
「了解したマスター、期待に応えよう」
「贋作者がどれ程策を練ろうと我には勝つ事は不可能だ! そして貴様がどんなに足掻いて見せようと士郎が我の物であるという事実は変わる事なき真実である!」

 言峰士郎に抱えられたままの男が上げる高笑いが響く。そんな体勢で格好悪いと男を指差しながら少女が弓兵を従えて戦闘開始を宣言する。

 そしてまた話は突然、戦闘対象とされた言峰士郎だが。

 飛び道具の迎撃は腕の中の男に任せ、自分は逃げに集中するべきかと諦めも無く。
 ただいつも通りに強化の呪を唱え、剣が飛び交うその瞬間に走り出した。


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