言峰士郎は神父である義父に育てられながら、神という存在を信じていない。神父見習いの立場ではあるが、神に祈るだなんて事は柄にも無いと士郎は考えている。

「でもギルの事は信じてる」
「士郎はたまにおかしなことを言いますよね」

 朝食の席で祈りを捧げた直後士郎が呟いた言葉に、ギルガメッシュはいつも通りの態度で返答した。相手が英霊として召喚された最古の王ギルガメッシュであったならば穏やかな朝食の席に血が流れていた可能性もあるが、現在士郎と共に食事をしているのはその王の幼き日の姿だ。まだ幼さの残る容姿でありながら理想的な君主としての能力を感じさせる少年が、本当に何故あの暴君の見本のような大人になってしまうのか。その成長過程には他人の不幸や歪みで悦楽に浸る神父として生きるには致命的な問題を抱え生まれた言峰綺礼でさえも首を傾げている。
 士郎の言葉の続きを待つ間、少年は金色の髪を微かに揺らしながら手で小さく千切ったパンを口に運び咀嚼する。妙な品の良さで共通している所はあるというのに、やはりこの世全ての快楽を貪り尽くしたなどと言わせない成長をさせることが重要なのだろうかと士郎は考えた。

「ギルは神様の話をしても怒らないな」
「情報はありますけど、ボクはあの人が見た世界に至った存在ではありませんから」

 返された言葉に、既に完成されてしまった存在を変えることはできないという事実が見える。少年は最古の王の過去ではあるが、彼も確かに英霊として召喚された存在なのだ。
 人間らしさ、それは相手どころか自分にも求められることではないと士郎は考えた言葉や想像をその胸元に止める。
 英雄王ギルガメッシュは、新たな肉体を得たとしても一度は終わりを迎えた存在だ。

「こんなことをあの王様相手に言ったら首が飛びそうだ」
「士郎の首ならあの人は折るんじゃないですか?」
「なんでさ」
「愛情表現だと思いますけど」

 くすくすと笑い声を上げる少年に士郎は眉を寄せた。それ以降会話といえる会話は無く、静かに食事は進む。暴君である青年体の方のギルガメッシュではないので料理に関しての意見を食事中に言い合うこともない。
 皿の上から料理が消えれば行儀良く手を合わせて食事の終了を宣言し、二人揃って小さく頭を下げる。

「ごちそうさまでした、やはり士郎の作る料理はおいしいですね」
「あの溶岩と比べられても微妙だな……」
「士郎?」

 手を合わせたままで少年は首を傾げる。整った容姿も相まって愛らしい雰囲気を醸し出しているが、まるで天使のように可愛らしい見目の少年の本性を理解している士郎は再び眉間に皺を寄せた。士郎の目の前に居る存在は人畜無害な子供に見えようと、将来は暴君となる一人の王である。余計な知識を持っていないだけ素直な王は必要以上に心に響く言葉を吐き出すことがある。
 少し考えるような仕草の後、少年は無言で椅子から立ち上がった。
 士郎が何だと同じように椅子を引いて立ち上がろうとすれば、士郎の傍へと寄った少年がその手を取る。

「士郎は」

 子供が親にするように強く、しかし大人が子供を宥めるかのように優しく左手を握られ、士郎は困惑を隠さず顔に出した。士郎のそのような表情の変化など気にせず、こちらの方が大事だと少年は真面目そうな表情で真っ直ぐに士郎の瞳を見詰めて説き聞かせる。

「士郎はあの人に、ボクに拾われたのですから、神や他のものと比べるなんてことをせずにボクの事を信じていればいいんです」

 自分の意見を尊重し、何だかんだと相手に反映させてしまう辺りのやり方がその穏やかさは違えどもやはり同一人物なのだと、士郎は最古の王と本質は同じである赤い瞳を見詰め返した。


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