黄金の王が差し出してくる菓子といつも通りの余裕に満ちた笑みを見て、士郎は思わず身を引いた。

 王の中の王、最古の英雄王は十年という長い時を現世で過ごし、何だかんだと言いながらこの時代に染まっている。
 染まっている、というのは間違いで、新たに自身の物として取り込んでいると言うべきか。しかし、この時代に生きるものですら知る者が限られる風習だのイベントだのをどこで吸収してくるのか士郎は不思議でならない。
 スーパーの菓子売り場にでも行けば棚に並んでいるだろう、ただ少し通常の物よりも値段の高いそれに食い付けばいいのか。判断を誤れば王の機嫌は目に見えて悪くなるだろう。養父はどうやってこの気まぐれな王と上手く付き合ってきたのか、何故あの養父と付き合えたのかと王にも聞いてみたい辺り、これは不毛な考えだと士郎は思考を切り捨てた。

中略。

「ぽっきーゲームだ」
「なんでさ」

 嗚呼、またこの王様は本当に絶妙にどうでもいいことを言い出した。こちらを巻き込む気で満ち溢れている。なんでさ。
 眉間に皺を寄せる士郎など気にならないと言うように、実際相手の動きや都合など気にしていないギルガメッシュは士郎の唇に無理矢理ポッキーの先端を押し付けた。
 いま口を開けば確実にねじ込まれると察し、士郎は口を閉じたままでギルガメッシュを睨む。しかし、むしろ受け入れてしまった方がギルガメッシュの機嫌を損ねずこの状態からも早く解放されるのではないかという考えが同時に浮かぶ。
 何がどうして男同士でポッキーゲームだなんてことをしたいのかは理解できないが、まあ一度だけなら付き合ってやっても良いだろうと神聖なはずの教会で毒に侵された十年を想いながら士郎は押し付けられている菓子に噛み付いた。

「いきなり噛み付いてどうする、ゲームにならんではないか」
「むっ……」

 士郎がルールと失念していたと考えるよりも先に、ギルガメッシュは士郎が噛み付いたポッキーの先を唇に挟む。
 想像以上に近い距離で揺れる金色の髪。宝石のような赤い瞳を、士郎はいつも綺麗だと思う。素直に褒めることができる唯一かもしれないと端整な顔立ちを見詰めれば赤が楽しげに笑った。
 話をするような状況でも無いだろう、チョコレートに飾られた菓子を互いに端から少しずつ噛み砕いていく。噛んだものが上手く飲み込めないと思いながら、さて二人を繋ぐ物をいつ折ろうかと士郎は思案する。士郎の方から折れば勝者はギルガメッシュとなるが、それも機嫌を損ねそうだ。
 口付けとなった場合、ゲームの勝敗はどうなるのだろう。引き分けになるのか、それは王が眉を寄せることにならないか。士郎がぼんやりと半分をどうでもいいという割合で考えている内に菓子は随分と短くなっていた。
 そうするのが当たり前だと言うようにギルガメッシュの顔が傾けられ、唇が触れ合う。自然な動きに、士郎は抵抗しようとは思わなかった。今まで数度交わした事があるものだったが、体を重ねることはあっても口付けをしたことは数えるほどだなと冷静に考える。
 口内に気遣いなど無く進入してきたものを士郎は押し返そうとするが逆に絡め取られ、経験の差を教え込まれている気分だ。不快な気分を味わった士郎は抵抗のようにギルガメッシュの舌に歯を立てる。十年共に過ごしていなければ血が出るまで噛んでいた。王に傷を付けさらに血を流させると首を切られると学んでいてよかった。それから、甘噛みには甘噛みで返されるという確証の無い信頼もあった。

「……王に傷を付けることは我が手から寵愛を受ける時にしか許さぬと教えたであろう、士郎」
「傷は付けてないし、雰囲気なら今がその時だろ」
「可愛げの無い、欲しければ、素直ねだれば良かろう」
「なんで、」

 言葉は最後まで吐き出されること無く、喉の奥に消えた。
 抉るように唇に歯を立てられ、士郎は痛みに顔を歪める。濃い血の味が口の中に広がり吐き気がする。
 余計なスイッチを押した。赤い舌をさらに赤く染めたギルガメッシュを見て、士郎は神父見習いでありながら柄にも無く神に祈った。自身にとっての神は、目の前にいる捕食者だというのに。快楽を貪り罪を受け入れ、歪みや醜さを愛で半神でありながら神を憎む人の王。
 首筋に落とされた唇に身を縮め、ポッキーゲームとは血に溶けた魔力まで取ってこそ勝者であるのだろうかと問う言葉を最後に士郎は思考を投げ捨てた。


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