自身の終わりを、自分は記憶している。
 温度の無い情報の海、聖杯に注ぎ込んだ人の身には過ぎた願い。――いや、願いを注ぎ込んだ存在は、人ですらなかっ た。

 聖杯戦争の勝者は生者から零れ落ちた亡霊、バグデータの塊だった。

 自身が分解される感覚、情報として重なったかけがえのないパートナーの感じるはずがない熱。その全てが鮮明に、記 憶として残っている。
 情報を焼き付けられる回路も、器官も無い筈の自分に残るそれの意味を理解できず、唖然と自身が喚び出された舞台を 見渡す。割れたステンドグラス、目の前に横たわり、視線だけでこちらを見上げている少年。
 赤銅色の髪、蜜のような色をした瞳と視線が絡み合う。しかし、少年の瞳に光は無い。

 ――なんだ、この状況は。

 何度も一人で確認するが、自分は自身の終わりを記憶している。あの日あの瞬間、自分は確かにデータとしての死を迎 えた。
 自身の存在の不確かさに嘆き、それでも死にたくないと足掻いたあの時。あの時のように自身が誰であるのか、などと いう事で苦悩することは無い。自分は、自分という存在がどういったものなのかを理解している。首を傾げてしまうのは 、あの時とは別の違和感が今の自分には存在しているということだ。
 バグデータとして自身の事も知らずただ走り続けた記憶とは別に、強制的に与えられたと思われる情報が自分の中に存 在している。その情報を、自分は知らないはずだが、知っていた。
 聖杯戦争、この世界の成り立ち、マスターとサーヴァント。以前の自分が吸収した情報に交じり、新しく情報が重ねら れている。
 自身に与えられた、サーヴァントとしてのクラス。それは良い、何があったかは知らないが、まだ理解できる範囲の話 だ。

 問題は、何があったかは知らない、という部分。何故自分が、サーヴァントとして召喚された? 仮に信仰や知名度な ど無いに等しい自分がサーヴァントとして召喚することができる存在だったとして、自分のような曖昧で不確かなものを サーヴァントとして召喚できるマスターなど自分自身か、聖杯の前で別れた彼女と、意思や願いを重ね砕き合った相手く らいだろうに。何よりも、――何故、再び聖杯戦争が。
 この聖杯戦争で喚び出されるサーヴァントとマスターにはある程度の関わりや共通点があるらしく、例外は確かな自我 も無く宙に浮いているような状態だった過去の自分のような存在か。しかしどんな道を辿れば他の英霊達を押し退けこん な珍妙な存在を召喚できるのか。
 目の前の少年も、過去の自分と同じような状態なのだろうか。何も知らず、そのまま死ぬだけだとでもいうのだろうか 。
 少年のうつろな瞳が揺れ、指先が震える。その動きを見て心臓が強く胸を打ち、気付いた。

 ――何も知らぬわけがない。でなければ、自分は喚び出されなかっただろう。

 与えられた情報が整理される。分解された自身を再び構成する。これは、書き換えられた聖杯戦争。
 何が「どうして彼は自分のような存在を召喚できたのだろう」だ。自分は確かに、少年の声を聞いたではないか。
 込められた熱。求められた力、それでも動かぬ手足の代わり。
 死に恐怖し、生を掴み取ろうとした、それだけを願ったかつての自分と似た声。
 俺は、――その声に答えた。

「――問おう」

 発した声に、空気が震える。少年の瞳に光が灯り、どこか現実感の無い、それでも強い視線が向けられる。剣のような 鋭さの中に甘さのあるその瞳の色合いを、美しいと感じた。
 諦める気は無いのだろう、まだ手足を動かせると、もどかしく感じているのだろう。ならば、足りない分は自分が補お う。自分は喚ばれ、そして答えた。剣となり盾となり、その身を支えるには脆弱な力であるが、答えたのだ。

「貴方が、私を生み出したマスターか」

 狂った聖杯戦争の中で彼は私を生み出し、私は答えた。それが、サーヴァントとしての自分の存在の全て。
 少年の唇は震えるだけで言葉を紡がない。後押しをするように、再び問い掛ける。

「貴方が、電子の海の底から俺を引き上げた存在か」

 苦しそうな呼吸の合間、やはりどこか現実感の無い声で、それでも肯定の言葉が返る。
 答えと同時に、少年は手の甲を焼く痛みに呻いた。自分にも覚えのある現象、契約は、間違いなど無く交わされた。
 体力が限界に近いのだろう。荒い息を吐くマスターには酷なことだと理解しているが、その体を支えて無理に立ち上が らせる。案内役や管理者がいるのかも不明な聖杯戦争の実態が分からない。状況把握の前に、まずは自分が知る限りの安 全な場所までマスターに移動してもらいたい。
 同じ制服を身に纏った、自分と比べて少し小柄かというマスターの体は、サーヴァントの身としては想像以上に軽かっ た。
 そうして、ひとつ大切なことを聞いていないことに気付き、これがこの場では最後だとマスターに問い掛ける。

「マスター、貴方の名前は?」
「……え、みや……衛宮、士郎」

 その名を噛み締め、確かな声に、最弱のサーヴァントとして、最弱だからこそ自身の全ての誇りを持って答える。

「衛宮士郎、サーヴァントキャスター、願いを聞き、その声に従い参上した」


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